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Channel: 映画の感想文日記
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★ 『九月の冗談クラブバンド』

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1982年。日本アート・シアター・ギルド。
  長崎俊一監督・脚本・編集。
 今から20年以上前、学生時代に京都市内のどこか、京一会館か京大西部講堂か市民センターのようなところだったかで見て、全く意味が分からずに気になっていた映画だった。DVDがいつの間にか発売されていたので見てみた。
 見直してみて思ったことは、これはテリー・ツワイゴフ監督の『ゴーストワールド』が描こうとしていた世界に近いものを目指したのではなかったか、ということだった。近年のアメリカ製ブロマンス映画に近い感触もある。仲間たちとの別れ、青春との決別が主題になっているようだ。宇崎竜童の歌う主題歌がわかりやすい映画の解説書のようなものにも聞こえる。
 『ゴーストワールド』の主人公イーニドとこの作品の主人公リョウのイメージとが重なって見えてくる、ような気もする。イーニドはバスに乗ってどこかへ行ってしまったが、リョウはシャワールームに誰かわからない女性の死体を置き去りにして雨の中を走り去っていく。

 走るのをやめてしまった元暴走族の男と、仲間の一周忌に再び派手なお祭りを始めようとするかつての仲間たち、お祭りを阻止しようして敵対する本牧の暴走族ルパン、そこに暴走族狩りに命をかける奇妙な男たちが乱入して物語は混乱してくる。
 走るシーンのほとんどない退屈な暴走族映画、暴走族を素材にしてヌーヴェルヴァーグ気取りのハッタリ演出をかました失敗作などと当時はみなしていたような記憶がある。
 しかし、混乱し切ってはいるが、これはまさしく青春映画そのものだった。

 青春映画に欠かせない美しいヒロインを演じる伊藤幸子という女優も光り輝いている。この映画以外には目立った作品には出演しないままに引退しているようで、それだけにそのはかなげな横顔の美しさとともに忘れがたいイメージを見る者に残して去っていく。ロベール・アンリコ監督の『冒険者たち』でのジョアンナ・シムカスに匹敵する幻のヒロインと言える、かも知れない。

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 かつては「ハマのリョウ」と呼ばれ、横浜では知らぬ者のいない伝説の暴走族のリーダーだったリョウ(内藤剛志)は、現在は「冗談クラブ」というバーのマスターとして地味に生活していた。
 リョウは仲間のテツジがバイク事故で死んでから走るのをやめていた。
 もうすぐテツジの一周忌である九月を迎える。かつての仲間たち、夕陽(杉田陽志)、ザジ(樋口達馬)、ネム(山野上智子)はバイクをチューンナップして一周忌の派手な走りでチームの復活を横浜中に宣伝するつもりでいるが、リョウは仲間の誘いにも興味を示さない。

 本牧の暴走族ルパンのリーダー、モロ(古尾谷雅人)はリョウにルパンが今や横浜を支配していることを告げて、九月の集会に参加しないよう釘をさすが、リョウはバイクそのものに興味をなくしたかのようにそっけない態度をとる。実はモロは、リョウが再び走り出すことをひそかに期待しているようでもあった。

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 横浜には暴走族狩りをする謎の三人組が出現して、集団で走っているバイクを見かけると破壊工作を仕掛けることを繰り返していた。リーダーは羽根(室田日出男)で、シド(舟久保信之)と夏雄(諏訪太郎)との三人でチームを組んでいた。
 常にヘッドフォンで音楽を聴いている羽根の謎に満ちたキャラクターが面白い。なぜ暴走族に敵意をむき出しにするのかは謎のままだった。

  バイクのエンジン音を聞いただけで即座に、「CB750、チューンナップしてやがる!スズキのGSも!」とバイクの車種を言い当てて怒りのあまり頭に血がのぼるキャラクターのシドも面白かった。
 夏雄は常に化粧をしているゲイの青年であるらしく、なぜかラッツ&スターの黒塗りの顔にゴールドのスーツ姿で現れたりする。妹のネムが暴走族に参加したことでふしだらな娘になったことを嘆き悲しむあまり暴走族に憎悪を抱くようになったらしい。クライマックス場面では女装して火炎瓶を投げバイクを爆破するが、自分の体に火が燃え移って自爆して死ぬ。

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 会社勤めを始めたレイコ(伊藤幸子)は職場の同僚である生真面目な中年男、羽根と結婚することにする。かつての恋人テツジの死の呪縛から自由になるためだった。レイコは羽根が暴走族狩りをしている暗い情念を秘めた男であることを知らなかった。

 九月になり、本牧のルパンが横浜中を派手に走り回るが、リョウは走らない。リョウが走らないのはレイコのせいだと思い込んだネムはレイコをナイフで刺し殺してしまう。ルパンと羽根チームとの決戦が始まり、羽根たちはルパンに捕らえられ袋叩きにされる。
 血まみれで自宅に戻った羽根はレイコが死んでいるのを見ると、レイコのかたわらに横たわりそのまま息絶える。

 夕陽とザジは「ハマのリョウなど最初から存在していなかったに違いない。」とつぶやく。レイコを殺したネムは眼帯をつけて改造車両でどこへともなく去っていく。
 主要な登場人物がいかにも演劇畑出身という印象でまったく暴走族には見えないのが不思議な印象を与える暴走族映画で、エキストラで出演しているその他大勢の暴走族の本物っぽさとの落差が大きい。


 エンドクレジットを見ていると、作家の保坂和志が出演者の中にあったが、顔を良く知らないのでどこに出ていたかわからない。助監督に諏訪敦彦の名前があったり、他にもいろいろ、おやっと思う名前がたくさん出てきて、エンドクレジットが一番面白かったかも知れない。

九月の冗談クラブバンド [DVD]/キングレコード
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★ 『セイフ ヘイヴン』

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2013年。アメリカ。"SAFE HAVEN".
  ラッセ・ハルストレム監督。ニコラス・スパークス原作・製作。
 ノースカロライナ州のサウスポートという小さな港町を舞台に、何らかの事情でボストンから逃げてきた女とシングルファザーの男とが出会って激しい恋におちて燃え上がるさまを犯罪サスペンスの形式で描いた物語。
 映画の全編に流れるカントリー色の強いバラードが二人の恋のもの悲しさを強めている。後半になってストーリーの展開が雑になってきて白々しい気分になりかけても、音楽で何とか強引に押し切ったという印象もあった。

 サウスポートという港町が素晴らしい。こんな町で暮らしてみたいとも思わせる美しい景観と穏やかで心優しい人々の生活の中に溶け込むことが出来たら良いだろうに、と映画を見ながら多くの人々が夢想したに違いない。しかし、それにはアレックス(ジョシュ・デュアメル)が営む雑貨店があることが必要条件だということを人は忘れがちになる。この町の雰囲気はラッセ・ハルストレム監督たちが創作した作り物であるに違いない。

 いろいろ欠点が目立つ作品だったが、主演の二人が良い。現実離れした美男美女でなく、どこにでもいそうな美男美女であり、二人とも何かの悲しみに打ちひしがれていて、もう長い間、心の底から笑ったり泣いたりする機会がなかった様子である。喜びや悲しみをぶつけたり抱きしめてくれる相手がいないからだ。
 そんな二人が出会ってしまったことで忘れかけた感情がよみがえり、恋が始まる。
 監督はずるがしこく、そこにアレックスの愛らしい娘と息子を登場させて、観客は思わず感情移入してしまい、「もう犯罪サスペンスの要素はどうでもいいから、どうか二人の恋がうまくいって、幸せになりますように。」と祈りはじめて、「このまま物語をハッピーエンドで終わらせてください。」と願うようになる。

 意地が悪くずるがしこい監督は、そこで犯罪サスペンスを前面に出してきて、「この恋はいずれにせようまくいくわけがない、むごたらしい結末しかありえないのだよ。」と言って、観客をあざ笑っているかのように見える。
 若いころのトム・ハンクスのような甘さと感じの良さを持ったジョシュ・デュアメルと、不幸に押しつぶされそうになりながらもけなげに努力する女の役が似合うジュリアン・ハフとの相性も良くて、映画を見ているこっちも善人になったかのような錯覚を与えてくれる良い映画だったな、とも思ったりしたが、最後のあっと驚かせる『雨月物語』みたいな仕掛けはなくても良かったような気がした。
    IMDb
  公式サイト(日本)

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 どしゃ降りの雨の中を髪の色を変えて変装したケイティ(ジュリアン・ハフ)がアトランタ行のバスにあわてて乗り込むシーンから物語が始まる。ケイティは何かの犯罪に巻き込まれたか、あるいは自ら罪を犯してしまったように映る。
 この物語は残酷な悲劇でしか終わらないだろう、と予感させるには十分なオープニングだった。

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 ケイティの行方を執拗に捜査する警察官ケヴィン(デヴィッド・ライオンズ)は、思い余ってケイティの指名手配書を各警察署に送り付ける。
 アレックスは偶然にケイティの写真が印刷された指名手配書を見てしまう。そこには「第一級殺人容疑者」と書かれていた。
 しかし、警察官にしてはケヴィンの表情は焦燥にとらわれており、何かがおかしい。アレックスは、これで恋はおしまいだと落胆しながらもケイティを問い詰めるのだった。

 ケヴィンのキャラクターには、ケリー・ラッセル主演の『ウェイトレス ~おいしい人生のつくりかた』を連想させるものがあった。

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 サウスポートで過去の自分を消し、すべてをリセットして新しい人生を生きようとした矢先に、警察官ケヴィンによってすべてが台無しになった。
 ウェイトレスとして働くケイティのけなげでまじめな態度には犯罪の影など全く見えなかった。
 アレックスのこましゃくれたかわいらしい娘(ミミ・カークランド)はケイティになついて、すぐにでもママになってほしい様子に見えるが、がんで亡くなった母の思い出を大切にしている息子(ノア・ロマックス)は父親の新しい恋に反発して、「パパはもうママのことを忘れてしまったんだね。」と冷たく言い放つ。

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 ケイティの借りた家の近所の住人で、ケイティと同じく何かから逃げてきたらしきジョー(コビー・スマルダーズ)という女性が二人の恋のキューピッドの役割を果たす。背が高くて、おっとりしており、ケイティの良き相談相手でもあるジョーの役割は後半になって重要性を増す。
 ちょっとジェニファー・ガーナーに似た感じの、コビー・スマルダーズという女優も美人ではないがなかなか面白く魅力的だった。日本だと江口のりこみたいなポジションだろうか。

 ラッセ・ハルストレム監督の映画は『アンフィニッシュ・ライフ』以降ほとんど見なくなってしまったが、やはりこの監督の作品の持つスウィートな味には捨てがたい魅力がある。懐かしい土地を久しぶりに訪れたような懐かしさと、見る人の心のすさんだ部分をやさしく解きほぐすような物語の流れの心地よさがあるので、ときどきは見てみようと思った。
 しかし、少しずつ作品の質が落ちていっているような気が多少はする。

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★ 『四十九日のレシピ』

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2013年。「四十九日のレシピ」製作委員会/GAGA。
  タナダユキ監督。伊吹有喜原作。黒沢久子脚本。近藤龍人撮影。
 素晴らしかった『ふがいない僕は空を見た』の後の作品なので、期待はしていたが、タナダユキ監督の絶好調ぶりが実感できる傑作で、すぐに連想したのは木下惠介監督のゴールデングローブ賞受賞作、『二十四の瞳』(1954年)だった。二十四の倍数の四十八より一多い数がタイトルに入っているので、こちらの方がすぐれているかも知れないとこじつけを言いたくなるほどに素晴らしかった。
 相変わらず現代の日本社会を素材にして調理の腕をふるう手つきの鮮やかさと鋭い切り込み方はさえていて、ただ見ているだけでうっとりしてしまうほどだった。
 コミュニケーション能力が並はずれて優秀なので、感心してしまう。
 必ずしも料理人としての技術は一流ではないが、完成品の味わい深さだけは誰にも負けない、という自負がある三ツ星レストランのシェフのような存在なのだろう。今やタナダユキ監督は日本には5人もいないだろうと思われる三ツ星の映画監督であることを、この『四十九日のレシピ』を見てはっきりと思い知らされた。

 主題となっているのは、子どもを産まなかった女の一生の物語で、映画が始まった時点で主人公の女は死んでこの世にいない。子どもは産まなかったが、義理の娘と夫が残されており、女が勤務していた福祉施設で生き延びる知恵を授かった若者や親せきの者、亡くなった女とかかわりのあった人々が共同で女の物語を完成させようとする。
 ようやく物語が完成したとき、その物語は残された人々それぞれへの死者からのメッセージとして各人の胸に深く刻みこまれる。宏大な共生感とともに物語を慈しむクライマックスの場面では、タナダユキ監督の慈愛に満ちた観音さまのような魂に触れたような心持ちがしたことだった。

 信仰や宗教を持たない者、一応は持っているふりはしても本気では信じていない者、または無神論者、唯物論者など世界の大多数を占める人がどのようにして死者と交流を持つことが可能なのか、ということについてもこの映画は大きなヒントを与えてくれていると思った。

 素晴らしい映画を見ると、たいてい人はなぜ映画を見るのかという根本的な疑問に対する答えが見つかったような気になる。『四十九日のレシピ』が描き出した宏大な共生感の内側に自分も参加しているという実感は他では経験できない貴重な人生の出来事として何ものにも代えがたいから映画を見るのだろう、という気がする。
      公式サイト(日本)
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 子どもが出来ないために離婚の危機にある百合子(永作博美)と百合子の父の良平(石橋蓮司)は、突然亡くなった乙美(若いころの回想シーンは荻野友里が演じている)が遺した「四十九日のレシピ」という絵本のようなカードの束に「私が死んだら四十九日は大宴会をすること」と書かれていたことから、宴会の準備のために忙しく動き回り始める。
 『気球クラブ、その後』の頃は30歳代後半で大学生を演じるのが不自然に見えないほどに若々しい永作博美だったが、もう開き直ったのか、老いの気配を隠そうともしない様子に新たな美しさが発生しているように映る。

 原作のせいか、タナダユキ監督にしては毒気の少ないトーンのユーモアに満ちた家族のドラマになっていて、登場人物へのカメラの視線も暖かく優し気だった。
 ただし、百合子の夫(原田泰三)の愛人を演じる内田慈という女優の身もふたもない感じのキレキレの悪女演技が素晴らしくて感動した。この映画で最大の見どころかも知れない。

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 良平の家へ突然現れる福祉施設の元入所者で、元風俗嬢で薬物依存症だったらしき女を演じる二階堂ふみのトリックスターとしての存在感も素晴らしかった。
 ロリータファッションもさまになっていて、『下妻物語』のときの深田恭子よりもおしゃれでかわいく映った。最後にすっぴんの薄化粧になった顔も美しい。

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 岡田将生が演じる日系ブラジル人三世のハルが、途中で退場したせいもあり、いまひとつ印象が弱かったが、永作博美演じる百合子との会話の中で名言を残す。
 淡路恵子がヒール役かと思わせておいて、最後に大逆転してもっとも得をしたキャラクターだったが、感動的なせりふを語る場面でのショットにいまひとつ安定感がないように見えてもったいなかった。
 『ふがいない僕は空を見た』に引き続いてアクツこと小篠恵奈も出演している。

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★ 『舟を編む』

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2013年。「舟を編む」製作委員会。松竹/アスミック・エース。
  石井裕也監督。三浦しをん原作。
 松田龍平が演じる馬締(まじめ)と宮﨑あおいが演じる香具矢との恋とその後の結婚生活を描きながら新しい辞書を発行するまでの十数年間の物語だったが、
 何か変な映画だった。しかし、これはロマンチック・コメディの一種だと考えると、素晴らしい作品にも思われてくる不思議な魅力を持っている。
 辞書の編纂に関わってきた重要人物がクライマックスの刊行のお祝いのシーンであっさりと点描されるだけで、いくらなんでも扱いが心なさすぎると思いかけたが、この作品はラブコメだから主役は二人だけ、宮﨑あおいと松田龍平だけなのだと思うと納得できる。
 報われない愛に苦悩する青年がついに恋を成就させて、紆余曲折ありながらも結婚生活を維持し続けていく。十数年たった後にも二人が強い愛のきずなで結ばれていることを示すラストシーンは美しく、感動的だった。

 しかし、そんな恋愛映画は他にもたくさんあるし、この作品で描かれた愛が他と比較して特にすぐれているというわけでもない。
 この作品の最大の見どころは、やはりオダギリジョーの復活を成し遂げたところにあるような気がする。最近はほとんど中田英寿と同じように、その名前を口にされるときに少なくない数の人が半笑いでオダギリジョーの名前を口にするようになってしまったのはなぜなのか、いろいろ理由はあるのだろうが具体的にはよく知らない。
 ピークを過ぎたダメな俳優の一人とみなされていることだけは知っていた。

 2005年の『スクラップ・ヘヴン』のときのようなナイフのように鋭利なイメージは消え去ってしまったが、
 今回の松田龍平とセットでお互いを引き立て合って魅力的な人物像を互いに与え合うという組み合わせが良かったこともある。
 そして、一応は演技力に定評のある俳優だとみなされていたオダギリジョーが意外にそれほどでもなく、へたくそな演技力の俳優である点も見え隠れしていた。
 演技派俳優と呼ばれる人が意外に大した演技力を持っていないのは近年の香川照之や役所広司などが大根役者と化した姿を見ても実感されていたことだったが、
 この作品でのオダギリジョーはもっと致命的に下手であった。しかし、その下手さが好ましく感じられる。泣く場面での下手さはかなりひどかったが、このひどさは好感が持てるひどさだった。『マイ・バック・ページ』のラストシーンの妻夫木聡のひどさに匹敵するがどちらも、こうでしかありえないとも思われるひどさだった。
 こういう俳優のダメな演技を見ていると、やはりロベール・ブレッソンみたいにプロの俳優は使わずに素人の人間を使って映画を作り編集で上手に仕上げるというのが映画をしらけさせない最良の方法のような気がしないこともない。

 しかし、お金を稼ぐ映画を作るには有名な俳優を使うしかない、好ましい下手さで作品を貫き通した石井裕也監督の志の高さが作品を成功させたのだろう。
 好ましくない下手さの映画はなるべく見たくないが、こういうエネルギーに満ちた好ましい下手さの映画なら見続けていきたい、と思った。
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  公式サイト(日本)

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 オダギリジョーも良かったが、途中で辞書編集部員に加わってくる黒木華という女優が素晴らしかった。
 未知数だが、日本版キルスティン・ダンスト。あるいはエマ・ストーン、ひょっとしたらスカーレット・ヨハンソンになり得るような巨大な可能性が感じ取れた。小品映画での恋愛コメディの主役、またはメジャー映画での悪女役などで活躍の場が広がっていくのかもしれない。黒谷友香みたいにダメになっていく危険性もあるが、聡明そうな横顔からは、そうはならないだろうとも思われた。
 吉田喜重と結婚して傑作や怪作を連発した岡田茉莉子みたいに有望な若手映画監督と結婚すると良いのかもしれない。 日本国内にそれほど多く有望な若手監督がいそうにないなら、アメリカ、あるいは韓国、香港などとの国際結婚という手段もある。『スプリング・ブレイカーズ』のハーモニー・コリンか『アフターショック』のイーライ・ロスと結婚するのがベストには違いない。

 池脇千鶴、伊佐山ひろ子、小林薫、加藤剛なども後半の軽い扱いが気の毒だったが、それぞれに良かった。石井裕也監督のレスペクトの感情がそう映し出したのだろう。監督が俳優を尊敬していることがうまく機能すると映画は面白くなる、という見本のように素晴らしかった。
 八千草薫への過剰なレスペクトがちょっと不思議なショットを作り出してしまっていたが、微笑ましく見えた。

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★ 『探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点』

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2013年。「探偵はBARにいる2」製作委員会/東映。
  橋本一監督。東直己原作。
 今はもう映画でしか見ることが不可能になった煙草を吸うシーンがあちこちにみかけられるだけでも大変に貴重でありがたいものとなった、札幌を舞台にして私立探偵の活躍を描くリアリティゼロのファンタジー映画だった。
 テレビでも深夜枠ながら例外的に『まほろ駅前番外地』のシリーズでは主演の瑛太と松田龍平とがひっきりなしに煙草を吸い続けていた。
 瑛太も松田龍平も実生活では子どもを持つ身でもあり煙草は吸ってはいなさそうだが、『探偵はBARにいる』のシリーズでも主役のひとりでもある松田龍平は大泉洋よりもヘビースモーカーらしく描かれている。

 アメリカ映画がタバコを吸う男や女の姿がカッコいい、ということを圧力団体のロビー活動に屈して否定するようになってから長い年月が過ぎ去った。結果的に喫煙率が減少して肺がんでの死亡率も多少減少傾向にあるらしいので、衛生面では有効なことだったようだ。
 ただし、ときどきアメリカ映画でも反抗的な作品やインデペンデントの映画で描かれる喫煙のシーンは異常にカッコよく映るという皮肉な現象も発生している。
 ヨーロッパ映画では登場人物は無造作にたばこをプカプカと吸い続けていることが多いので、喫煙シーンの有無を見ればそれがどこの地域の映画かある程度判定できるようにもなった。

 煙草を吸うシーンのカッコよさは若くして死ぬこととセットであることは、フィルム・ノワールの主役俳優たちがほとんど早死にだったことを思えば、何となく理解できなくもないが、フィルム・ノワールから煙草を取ったら何も残らないというくらいに煙草とノワールとは密接な関係にあったように見える。ノワールの探偵やギャングたちは言葉には出さなくとも、「健康に気を使って長生きして、それのどこが楽しいのか?なんと味気なくむなしい人生であることか!」と語りかけてくる、ような気がする。
 それは1970年代あたりまでの日本映画でも標準とされた考え方だった。
 そんな考え方の前衛を突っ走っていた1970年代の東映映画(千葉真一や佐藤充が出演していた映画にその傾向は強いように見える)へのレスペクトに満ちたこの作品は、東映映画の欠点でもあった雑さや適当なストーリー運び、主人公のリアリティのなさ、下品さや場違いなエロ、物語が進むにしたがってつじつまが合わなくなってくること、ここぞという場面での演出のしょぼさなどの全部の要素を継承しているように映った。
 品がなくて大ざっぱで行き当たりばったりにしか見えない適当な物語の映画だということになる。

 しかし、東映アクション映画の美点である暴力とユーモアとの居心地の悪い同居も同時に継承されており、『ハングオーバー!!! 最後の反省会』でも見られた、「何か変だ、こんな変な感覚はテレビでは決して見たことのないものだ。」という貴重な体験、
 夜の街で酔っ払い同士の殴り合いのけんかをニヤニヤしながら眺めていたら、とばっちりを食らって自分も突然殴り倒されてしまったときのように困惑させられるが、あとで考えると面白かったというような多少の興味深さはあったように思った。
         公式サイト

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  大泉洋目当てでこの映画を見た女性ファンが思わず顔をそむけるような下品でエロなシーンが各所に配置されている悪意は好ましく、ヒロインの尾野真千子の威勢の良い関西弁は良かったが、ヒロインにしては色気が少なすぎた。もう少し肌の露出を多くしても良かったような気がする。
 エンディングで鈴木慶一とムーンライダースの『火の玉ボーイ』からの曲が使われている。三木聡監督の『転々』に続いて2度目の使用だった。『転々』では「髭とルージュとバルコニー」が使われていたが、今回は「スカンピン」が使われている。
 架空の映画のサウンドトラック・アルバムのような作られ方をしている『火の玉ボーイ』と映画との相性は良さそうに思われた。

 「スカンピン」という曲の出だしは1970年代のソウル・ミュージックを一瞬連想させる懐かしい響きを持っている。1990年代に夜の街のあちこちに点在したソウルバーの懐かしい光景がよみがえるような心持ちがした。
 日本と英国でのみ局地的な人気がある1960年代から1970年代にかけてのソウル・ミュージック、(英国ではノーザン・ソウルと呼ばれている)、最上級のウィスキーのような極上の味わいを持つそれらの曲の数々を久しぶりに聴いてみようか、と思った。

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★ 『ウォールフラワー』

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2012年。アメリカ。"The Perks Of Being A Wallflower".
  スティーヴン・チョボスキー監督・脚本・原作。
  『ウォールフラワー』という青春映画の試写会があった。
 原作がアメリカ本国で評価が高いらしく、読んでみたいような気がするが、映画自体は微妙な感じだった。
 これだったら、少し似た印象のあるトビー・マグワイアとマイケル・ダグラス、ロバート・ダウニー・ジュニアなどが出演した2000年の『ワンダー・ボーイズ』の方がましだったような気がしたが、映画のことはともかく、
 最近のアメリカ映画でひんぱんに出てくるキーワード、「ザ・スミス」が再び登場して、主人公たちが知り合って仲良くなるときの重要な固有名詞として使われている。
 この映画の物語の舞台が1980年代の終わりあたりらしいので不自然ではないにしても、「またか!」という印象があった。

 もう、いいかげんにしてくれと言いたくなるほどにザ・スミスというバンドのことが語られるのはなぜなのか、ザ・スミスの人気があった1990年代までの映画でザ・スミスの名前が出てきたり曲が使われたりしていた記憶がほとんどないのに、なぜ今なのか、
 ザ・スミスを若いころに愛していた人々が映画製作の現場で主導権を握るようになったという単純な理由に過ぎないにしても、それでもいくら何でも多すぎる、
 と思ったら、近年のアメリカの大学生の間でもザ・スミスは人気があるらしい。
 実際にザ・スミスに露骨に影響されたフォロワーバンドは世界各地で次々に誕生しては消えていくことを繰り返しているようだ。
 ロックというジャンルのポップ音楽の低落傾向も反映してか、ザ・スミス・フォロワー、というよりそっくりさんみたいなバンドの演奏がYouTubeのおかげで数多く簡単に聴くことが出来るようになった。
 なかにはザ・スミスの発表されていない幻の音源が発掘された、と言われれば信じてしまうくらいにそっくりさん度の高い曲もあったりして、ちょっと笑える。
     IMDb
   公式サイト(日本)

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 エマ・ワトソンはソフィア・コッポラの新作、『ブリングリング』で実在したセレブリティの宝石類を専門に狙う少年少女ギャング団の主人公を演じている姿に期待したい。

 原作者が監督をするという点にかなり無理があるようで、途中から収拾不可能な事態に陥ってしまっている。エズラ・ミラーという俳優が素晴らしかったが、主役の少年がいまひとつパッとしないような気がした。
 センチメンタル過剰な感じで語り手が知り合った二人の男女のことを物語るのは『ソフィーの選択』にそっくりだった。

  サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の再来、と呼ばれる原作らしいが、当の『ライ麦畑でつかまえて』を読んだのは17歳の時で、物語は全く記憶になく、当時感激したのかどうかさえはっきりとは憶えていない状態なので、やはり青春映画や青春小説は青春が失われた者が楽しむためのジャンルなのだ、と改めて思ったことだった。

Northern Portrait "In An Empty Hotel"

The Holiday Crowd "Never Speak Of It Again"

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★ 『ルームメイト』(2013日本)

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2013年。「ルームメイト」製作委員会/東映。
  古澤健監督・脚本。今邑彩原作。
 この映画の感想は、ただ一言、「何て、素晴らしいのだろう!」ということだった。
 それ以外の言説は単なるやっかみか、嫉妬心、要するに根本的にこの映画を理解していない人たちの言葉なので一顧だに値しないと断言できる、はずだ。

 この映画の主題は、2010年代の日本映画は私たちに任せてください、と二人の絶世の美女である女優が表明していることである。さらに二人の女優はもっと苛烈で残酷なことを堂々と宣言してもいる。
 日本映画がこうもダメであり続けてきたのは女優に魅力がゼロだったからだ。もはや竹内結子や篠原涼子、菅野美穂などのおばさん女優に映画を任せられる時代ははるか昔に過ぎ去った。
 魅力なしのババアたちのせいで日本映画はしょぼくれて退屈でしかも大したヒットさえしないという事態に陥ってしまっていた。「あなた方はすでに死んでいる。早くそのことに気づきなさい。そしてさっさと歴史の掃き溜めの中に消え去ってください。」
というのがこの『ルームメイト』の主題である。
 その宣言を実証するようにどんな角度からでも、どんな照明の下でも光り輝く発行体のように美しい深田恭子と北川景子の姿かたちが映画の全編にわたって映し出されている。
 照明に工夫を凝らさなければ見るに堪えないおばさん女優とは決定的に存在のありようが違い過ぎるのだ。

 物語がジェームズ・マンゴールド監督の『アイデンティティ』にそっくりだとか、ブライアン・デ・パルマ監督の『レイジング・ケイン』みたいだとかいう点は取るに足らない細部に過ぎない。実際にこの映画での深田恭子の恐ろしさは『レイジング・ケイン』でのジョン・リスゴーをはるかに凌駕しているようにさえ見える。
 作品自体のあらが目立つことはこの映画の場合はどうでもいいことである。
 『時代は変わる』ということのメルクマールとしての映画、それが『ルームメイト』の意義深い存在価値となり、はっきりと今後の日本映画の進むべき方向、具体的にはキャスティングの方向性を指し示している。

 R指定を避けるためか、ゴア描写が上品すぎたところが大変に残念だった。もっとスプラッターに血まみれの深田恭子や北川景子の姿を見てみたかったような気もする。
       公式サイト

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 『ルームメイト』と言えば、ブリジット・フォンダとジェニファー・ジェイソン・リー主演の映画のことをこれまでは指していたが、それを見ていないので、この日本版『ルームメイト』と関連があるのかないのかがわからない。
 エリック・ロメールと共同で『シュザンヌの生き方』や『モンソーのパン屋の女の子』、『愛の昼下がり』、『パリところどころ』などの傑作を連発してきたバーベット・シュローダー監督作品なので、ぜひ見てみたい。

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 深田恭子はスクリーン映えする女優だということがはっきりとわかっただけでも素晴らしい映画だった。深田恭子のせりふを発する音声のホラー度数の高さは並はずれており、怖ろしかった。
 途中で突然、映画館の左側の壁の付近から深田恭子の声が聞こえてきたときは、心底ギョッとして背筋が寒くなった。

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 深田恭子の光り輝く美しさと比較すると、どうしても地味に映りがちな北川景子だったが、これまでの日本映画で主演を勤めてきたおばちゃんたちとは存在の仕方が決定的に違うことを様々な角度からとらえた前半のショットで雄弁に物語っていた。
 ただ若いだけではない。竹内結子や篠原涼子などとは大きな断絶がある。映画、またはフィルムの神に愛された女優の名前が偶然にも北川景子という呼ばれ方をしているに違いない、という気がする。

 映画プロパー俳優であることが災いしてか、かませ犬的な役柄を演じることが多い高良健吾や尾上寛之の扱いのひどさは気の毒に思ったりもした。

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★ 『ジンジャーの朝 さよなら、私が愛した世界』

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2012年。イギリス/デンマーク/カナダ/クロアチア。"GINGER & ROSA".
  サリー・ポッター監督・脚本。
 1962年のロンドン、ジャズがクールでヒップで前衛で不良の音楽だった時代の二人の少女の思春期の苦しみや悩みを描いた物語。
 7インチのドーナッツ盤レコードがジュークボックスの中でゆっくりと動いてターンテーブルの上にガチャリと落ちてから流れるリズム&ブルース以外は全編にジャズが流れるのは、不思議と新鮮な感じがした。
 人の心をかき乱して不安定にし、生活のリズムさえ混乱させかねないジャズという音楽は確かに不良少年や不良少女のための音楽だったのだな、と実感される。セロニアス・モンクやマイルス・デイヴィスの音楽はもともと心穏やかに椅子に腰かけて聴く類の音楽ではなかったのだ、ということが大発見の映画だった。

 核兵器の恐怖におびえ、両親の不仲に心を痛めながら、ジンジャー(エル・ファニング)は、親友のローザ(アリス・イングラート)と常に行動をともにして、ジャズが流れる不良の世界で青春を謳歌していた。煙草を吸ったり、アルコールを口にしたり、見知らぬ男たちとドライブに出かけたりするたわいない遊びだった。
 詩人になろうと決意していつもノートに思いついた言葉を書きつづっていたジンジャーは、キューバ危機のニュースがラジオから聞こえてきたときに、永遠に続くかと思われた自分たちの世界が核ミサイルで一瞬にして消滅してしまうという悪夢に取りつかれる。
 ジンジャーよりも大人びた行動をとりたがるローザが自分の父親であるローランド(アレッサンドロ・ニヴォラ)と交際していることを知ってしまったジンジャーはローザとの友情も終わりだと考えて、絶望する。
        IMDb
  公式サイト(日本)

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 エル・ファニング主演の青春映画、というよりも、この作品が本格的な映画デビューとなるローザ役のアリス・イングラートのプロモーション映画としても見ることが可能な作りになっている。
 エル・ファニングは少女と大人の女性との境界線上でゆらゆらと揺れているが、アリス・イングラートはもっと足腰がしっかりして安定した印象があり、魔性の女の一歩手前くらいの位置を目指しているような印象があって、
 どこかの国の映画プロデューサーがこの映画を見て、「次の企画はこの娘を主演にして考えよう。」と思ったかも知れない。それくらいに魅力的な新人女優の登場を告げる映画だった。
 第二のクリステン・スチュワート、あるいはスカーレット・ヨハンソン、またはペネロペ・クルスみたいになる日はそう遠くないのか、それとも期待はずれに終わるのか、全く予想がつかないところも魅力を倍増させている。

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 『ルームメイト』での北川景子的なもう一方を引き立ててやる損な役回りになってしまったエル・ファニングだったが、地力のある女優であることはクライマックスでのエモーショナルな場面で証明された。感情を揺さぶられる場面は全部エル・ファニングの演技や語りに委任されていて、スタッフがいかにこの女優を信頼しているかが伝わってきて感動した。
 1960年代初めのロンドンの若者ファッションもカッコいい。

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 使われているジャズ音楽は、チャーリー・パーカー、セロニアス・モンク、ジャンゴ・ラインハルト、レス・ポール、デイブ・ブルーベック、マイルス・デイヴィス、シドニー・ベシェ、デューク・エリントンなどで、サリー・ポッター監督の思い入れが強いのか、セロニアス・モンクが何曲も使われて、クライマックスでの不安定でもの悲しく切ない空気を作り出すことに貢献していた。

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 アネット・ベニングが黒縁眼鏡をかけてシモーヌ・ド・ボーヴォワールに影響を受けている様子の反戦活動家で実存主義者の女性を演じていたが、最後までアネット・ベニングだと気づかなかった。2006年の『華麗なる恋の舞台で』以降はわざと美しさを封印したような役柄を好んで演じたがっているような印象がある。
 父親のローランドがジンジャーに自分のことをローランドと呼ばせて娘をひとりの独立した人格として扱うのは素晴らしいが、そのせいでジンジャーの苦しみ多き心の旅路が続いていきそうなのは親子関係として果たしてどうなのか、という気はしたが、ジンジャーは生きていればすぐれた詩人になっていることだろう。
 母親役のクリスティナ・ヘンドリックスの美しさも目立っていたので、ローランドが浮気に走る心情がよくわからない。 

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★ 『建築学概論』

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2012年。韓国。"ARCHITECTURE 101".
  イ・ヨンジュ監督・脚本。
 この奇妙なタイトルを見てすぐに連想したのはモーリッツ・ブライブトロイ主演のドイツ映画、『素粒子』だった。あのひねくれた家族のドラマみたいなくせの強いドラマを予想していたら、まさかこんなに胸を締めつけられるように切ない恋愛映画だったとは。完全に不意打ちを食らったような気分になった。
 しかも、これほどの感動を人に与えるものだったとは!
 少なくない数の人が、「ちくしょう!やられた!こんなはずではないのに!」とつぶやきながらポロポロと涙をこぼしながら、「くそっ!韓国映画なんかで泣いてたまるか!」と思いつつも、涙で字幕が見えなくなったので何度も再生を繰り返したことだろう。完全にやられてしまった。

 想えばここ数年韓国映画をほとんど見なくなっていたのには時代の気分を反映した感情があったのだと思う。政治状況の反映か、「韓国映画を見るくらいだったら、もっとマイナーな東南アジアの方に興味深いものがあるに違いない。日本映画には園子温もいるし、一時代を築いた『桐島』もあった。韓国には『桐島』ほどの映画は存在しないだろう、かつて熱心に見ていた監督たちも最近パッとしない。」という固定観念があった。

 しかし、それは真実から眼をそむけていただけだったのだ。韓国の才能豊かな映画監督は次々にハリウッドに進出しているし、『桐島』のはるか10年以上前に韓国には『バイ・ジュン』や、『子猫をお願い』があったことを忘れていた。

 この『建築学概論』はなぜ大きな感動をもたらしたのだろうか。果たしてこの作品は本当にすぐれているのか。恋愛から縁遠くなって久しい自分のような者の感情を操作する技術に長けていただけではないのか、という疑問もふと浮かんだ。そういう狙いにまんまと引っかかったという側面も多少はあるに違いない。
 しかし、この映画はベタな純愛回顧映画ではないように思われる。
 初恋は成就しないという定説を裏付けるだけの物語をセンチメンタルに描いた物語の語り方にはさまざまな創意工夫がある。演出を目立たせない透明さが技術力の高さを物語っているように映る。

 ただし、エンディングで使われている主題歌は何の感慨も引き起こさない。これはつまらない曲だった。
 かつてチャン・ジョンイルという作家の小説に『アダムが目覚めるとき』という作品があった。ボリス・ヴィアンの『うたかたの日々(日々の泡)』に影響されたらしき20歳くらいの新人作家の作品で、何となくこの『建築学概論』を連想させる部分もあったような気がする。
 ベルベット・アンダーグラウンドが全編に流れていたような記憶がある。最後にヒロインが高層ビルから飛び降り自殺するデスパレートな雰囲気だけは記憶している。
 小説自体は稚拙な部分が目立っていたが、あの小説とこの映画が合体していたら、涙なしには見ることの不可能なカルト映画が誕生していたに違いない、などと勝手に妄想がふくらんだ。
  公式サイト(日本)

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 建築事務所の社員として多忙な日々を送るスンミン(オム・テウン)のもとに見知らぬ女が訪ねてくる。女はスンミンを指名して家を建ててほしいと言う。
 女は「私のことを忘れたの?」と言った。その女ソヨン(ハン・ガイン)は15年前、スンミンが大学の建築家に入学した年に一目ぼれした女性だった。
 そこから映画は15年前と現在とを行ったり来たりして、二人のすれ違いに終わった初恋を巧妙な演出で描き始める。
 オム・テウンの美男子ではないが味のある顔つきが、ハン・ガインの大学時代と連続性の感じられない別人みたいな顔が、それでも涙を誘うのだった。

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 音楽学部に所属しながら建築学概論の講義を受けているソヨン(スジ)は、その美貌で周囲からの注目を浴びる身でありながら、なぜかダサいスンミン(イ・ジェフン)に興味を示し、ちょっかいを出してくる。
 スンミンは瞬く間にソヨンに恋してしまったが、そのことを悟られまいと懸命にソヨンとの距離を置こうとする。うぶ過ぎるスンミンの行動は裏目に出てしまうが、いつしかスンミンとソヨンとは奇妙な友情で結ばれていた。
 ソヨンもまたいつの間にかスンミンに恋していたことなど、スンミンは知る由もなかった。

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 服装はダサいが顔はそこそこのハンサムだったスンミンだったが、自分ではそういう自覚もない。学生時代の見ているこっちが歯がゆくなるエピソードの数々も素晴らしかったが、15年後になっても相変わらずイライラさせられるが素晴らしいエピソードが続く。
 二人は15年の歳月を経ても互いに想い合っていたのだが、スンミンにはすでに婚約者がいた。
 スンミンとソヨンとの互いを想い合う気持ちは通じる時が訪れるのか。スンミンは婚約破棄をしてソヨンのもとへ駆けつけるのか。そんなことが起こるはずはない、という現実のとおりに、物語は切なく胸がきゅうんとなる結末を迎えてしまうのだった。
 こんな面白い恋愛映画を見たのはずいぶん久しぶりのことだった。
 ちょっと、上野樹里主演の『虹の女神 Rainbow Song』に似たところもあったが、こちらの『建築学概論』のほうがはるかにすごくて、感動する。

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★ 『セレステ&ジェシー』

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2012年。アメリカ。"Celeste And Jesse Forever".
  リー・トランド・クリーガー監督。
 大学時代からの親友で恋人だったセレステとジェシーはそのまま結婚したが、いつの頃からか別居して離婚することにしている。だが二人は親友同士であることに喜びを見出すようになり、いつも行動をともにする。
 ある日、ジェシーが別の女性と結婚すると言い出して、突然ひとりぼっちにされてしまったセレステがあわてふためいて引き起こす騒動をユーモアと哀しみで描いた物語。

 自分で脚本を書いて主演も務めているラシダ・ジョーンズには、『フレンズ』のときのコートニー・コックスを連想させる聡明な女性の持つかわいらしさがあって、ラシダ・ジョーンズが演じるセレステの心が乱れ騒ぐ様子にはつい感情移入してしまい揺さぶられる。
 一方で『アメリカン・パイ』や『恋は負けない』の頃のジェイソン・ビッグスを連想させるアンディ・サムバーグの無垢な感じのキュートさにも同じくらい魅力があり、これはセレステとジェシーが正式に離婚の手続きをするまでの物語なので、最後の別れのシーンのもの悲しさは痛々しくてこれがコメディ映画であることを忘れてしまいそうになった。

 ラシダ・ジョーンズが自分の経験に基づいて書いたらしい物語には自虐と自己愛とが入り乱れており、単なる恋愛コメディでは収まりきらない生々しさもあって、映画にするときに他人の意見を取り入れて書き直したらしきスマートさはあるものの、
 パッケージに書かれている「全米中の女性が共感」というのはうそだろう、反感を感じる人も少なくないはずだと思った。自己中心的な女性のわがままが破たんするまでの物語に過ぎないと思う人もいるだろう。

 一番よくわからないのがセレステは一体何をしてお金を稼いでいるかというところだった。メディア・コンサルティング会社を経営しており業界ではそれなりに知られた存在という設定だったが、感情の物語のリアルさについていけていないようなあいまいな印象がある。
 しかし、使われている音楽が知らないものばかりだったが、どれも素晴らしくて、やはり音楽の使い方のうまい映画は良い映画に見えてしまう。ラシダ・ジョーンズはクインシー・ジョーンズの娘だということを知って納得した。
   IMDB
  公式サイト(日本)

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 知っている俳優はポール役のクリス・メッシーナ以外はひとりもいない作品だったが、ラシダ・ジョーンズもアンディ・サムバーグもこの作品で忘れがたい俳優たちの中に入ってきた。

 ポール役のクリス・メッシーナは相変わらずさえない男の役を演じていたが、途中からセレステとちょっと良い雰囲気になったあたりから好感の持てるキャラクターに変化して最後には、「心の準備ができたら、そのときにはぼくに電話して。」とこじゃれたせりふで去ってゆくナイスガイとなった。

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 セレステとジェシーの友人たちや、周囲の人々ひとりひとりの描写にも暖かい視線が注がれており、ドラマ全体を感じの良いものにしていた。
 セレステの秘書でゲイの友人役のイライジャ・ウッドははまり役だった。
 『スタートレック』シリーズのクリス・パインが見直さないと気づかないような出演の仕方をしていて、ちょっと笑える。
 スキルツという役のウィル・マコーマックという海兵隊っぽい俳優がみょうに印象深いと思ったら、この作品はラシダ・ジョーンズとウィル・マコーマックがかつて恋人同士だったが現在は親友で共同作業で脚本を書く関係にあることに基づいたドラマであるということだった。

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★ 『鑑定士と顔のない依頼人』

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2013年。イタリア。"La Migliore Offerta".
  ジュゼッペ・トルナトーレ監督・脚本。エンニオ・モリコーネ音楽。
 ジェフリー・ラッシュとジム・スタージェスとの組み合わせを見た時点で物語の結末とそこに至る流れが判明してしまう、というのはキャスティングのミスにも見えるが、
 ジェフリー・ラッシュが高慢な美術鑑定士として登場してきた姿を見れば、ジェフリー・ラッシュという俳優のこれまでの歩みを知らなくても、「この男が詐欺に引っかかって破滅する物語なのだな。」ということは想像できるので謎解きミステリーの部分には重点が置かれていない映画だったが、
 この映画の最大のチャームポイントだったはずのエンニオ・モリコーネの音楽が印象に残らなかったのは変だった。
 ジェフリー・ラッシュの顔芸と成りきり演技に注意を奪われていたせいだろう、と思って納得しようとしても居心地が悪い。ジェフリー・ラッシュという俳優には香川照之と共通するうっとうしさがあって好きにはなれない。
 高齢になり創作する力が衰えたというわけでもなさそうなのはインタビュー記事などを読むとわかる。未だに『続・夕陽のガンマン』の衝撃によってエンニオ・モリコーネをポップ音楽の旗手だと思い込んでいる自分の頭の柔軟性のなさに原因があったと理解するまでに時間がかかった。
 それくらいジェフリー・ラッシュとジム・スタージェスとの組み合わせには面白味があった。 

 この映画によく似たものを見たことがあるような気がしたら、ジョン・カーペンターの『世界の終わり』(シガレット・バーンズ)という短編映画だった。映画はコレクションする値打ちのある芸術品とは認められていないので映画鑑定士という職業は成立しないが、『世界の終わり』には珍しく映画のフィルム自体に愛着を抱く大富豪(ウド・キア)が登場してシッチェス映画祭で一度だけ上映された幻の映画を追い求める様子が描かれていた。
 その場の思いつきで作ったような『世界の終わり』と比べて、『鑑定士と顔のない依頼人』がすぐれているとは思えないのはどこに違いがあるのだろう。

 しょぼいセットで作られ、いい加減で投げやりな終わり方をする『世界の終わり』はケーブルテレビ専用の企画か何かで映画ですらないのに、それに及ばないのはやはりウド・キアとジェフリー・ラッシュの俳優キャリアの違いが大きいのかも知れない。
 最近は安売り傾向が目立つにしても、ウド・キアにはアンディ・ウォーホール人脈から登場したという肩書が今でも市場では重宝されており、謎に満ちた私生活(変態すぎるので表に出せないという理由があるようだ)も神秘的な雰囲気を高めている。
 一方のジェフリー・ラッシュには謎めいたところはまるでなく、演じることへの偏執狂的なこだわりとプライドの高さが唯一の商品価値だというのもうっとうしい。
 そんなうっとうしいジェフリー・ラッシュが『スティング』みたいな集団での詐欺に引っかかり、地獄に堕ちるまでの物語には痛快さもある。
 この痛快さは何かに似ている、『半沢直樹』第一部の大阪編の痛快さに似ていた。しかし、ジェフリー・ラッシュのうっとうしさは第二部東京編で香川照之が演じていた大和田常務のうっとうしさにつながる部分もあったので、結局のところ大した映画ではなかったな、という感想に落ち着いてしまう。
 しかし、ジム・スタージェスとジェフリー・ラッシュとの組み合わせは素晴らしかった。別に演技派俳優という肩書きなんていらないよ、という姿勢を崩さないジム・スタージェスの前で、長年演技することをストイックに追求してきたジェフリー・ラッシュがむごたらしい敗北を味わう場面には、切なさは感じなかったが面白味はあった。
    IMDb
    公式サイト(日本)

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 この映画が大したことない、と思えてしまう最大の原因はやはり謎の女を演じるシルヴィア・フークスという女優の華のなさ、魅力の乏しさにあるようだ。
 想えばジュゼッペ・トルナトーレ監督の女優を選ぶセンスのなさは『ニュー・シネマ・パラダイス』の頃から一貫しており、思い出そうとしても顔が思い出せない女優ばかりを起用してきたようだった。

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★ 『アフターショック』

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2012年。アメリカ/チリ。"AFTERSHOCK".
  ニコラス・ロペス監督・脚本。イーライ・ロス製作・主演。
 チリのサンチャゴを訪れたアメリカ人観光客たちが突然の地震によってひどい目にあいながら死んでいくさまを描いたパニック映画。
 「シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション」という企画で短期間だけ上映されていたが、見逃してくやしい思いをしていたら、すぐにDVDのレンタルが開始されてうれしかった。
 しかし、レンタルDVDには特典映像もメイキングや関係者へのインタビューもない。これでは物足りないのでさっそくアマゾンで予約することにした。
 これほどに映画に対する情熱がよみがえったのは久しぶりのことだった。イーライ・ロスの日本でのデビュー作だった『キャビン・フィーバー』を見たときの興奮状態に近い。『キャビン・フィーバー』を見た直後の、「この地球上にこれ以上の映画が存在することは不可能だろう。」と思い込んだ感覚がいま再びよみがえる。

 2013年のホラー映画は『死霊館』がベストで決まりだろうと思っていたところへ、ホラー映画に限定しなくても、今年見た映画のなかにDVDも含めれば『アフターショック』以上の映画はただの一本もなかった。『ゼロ・グラビティ』をまだ見ていないのでわからないが、『アフターショック』以上である確率は限りなくゼロに近い。などと思いつつ、しかし、『キャビン・フィーバー』が日本で話題になることもなく消えていったのと同じように、この『アフターショック』も消え去っていくことを考えるとむなしさも感じる。

 デヴィッド・リンチの弟子だという点に興味を持って『キャビン・フィーバー』を見たのも今では遠い昔となった。いつの間にか師匠であるはずのデヴィッド・リンチよりメジャーな存在になったイーライ・ロスだったが、いつまでたってもフィルム・ノワールへのフェティッシュな愛情、フィルム・ノワール・マニアという気取った姿勢を捨てきれなかったデヴィッド・リンチは結局のところその程度の人物だったのだろう。
 それに比べて、イーライ・ロスのこだわりのなさ、映画である必要性さえ疑わしいようなビジネス上の動き方には何を考えているのかわけがわからない不気味さもありながら、それでも自由に動き回る人間の喜びがあり、あこがれを抱く。

 『キャビン・フィーバー』や『ホステル』の頃までは世間をなめ切った大学生がへらへらしながら億万長者になってしまって、「困ったな、一生遊んで暮らすしか選択肢はないのか。」と言っているような不遜ですっとぼけた態度が垣間見られたが、
 『アフターショック』には自分の運命を真摯に受け止める人間の態度が見られるところが、これまでのイーライ・ロス監督作品とは大きく異なっているように見える。
 監督はニコラス・ロペスというチリの映画監督なので違っているのが当たり前だったが、見知らぬ土地でひどい目にあう物語というイーライ・ロスの映画作りの特性は継承されている。

 見知らぬ土地でひどい目にあう、ということを繰り返し映画にしてきたイーライ・ロスだったが、『アフターショック』では自ら主演俳優となり、もっともむごたらしい死にざまを見せることで「見知らぬ土地でひどい目にあう」ことを実践している。
 映画マニアが連想しがちなカール・ドライヤーの『裁かるるジャンヌ』のジャンヌ・ダルクとのイメージの重ね合わせなどを意図的に行わせないような演出によって描かれるイーライ・ロスの残酷な死にざまは、「ことあるごとにカール・ドライヤーだとかフリッツ・ラングだとか言いたがる映画ファンと呼ばれる連中にはうんざりだぜ!」というイーライ・ロスの心の叫びも反映しているのかも知れないが、
 即物的な残酷さに徹して描かれるイーライ・ロスの死には意図していない部分で崇高なイメージが宿ってしまっており、「人が生きるということは、見知らぬ土地でひどい目にあい続けることで、それが意味だ。そうであれば、全力でひどい目にあいに行こうじゃないか。」という世界観のようなものにたどり着いてしまったようにも映る。
   IMDb

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 チリ映画界のロマンチック・コメディの帝王だというニコラス・ロペス監督と、チリ映画のロマンチック・コメディ映画の常連女優たちによって演じられる血も涙もない物語には、「こんな映画に出てしまって、この先大丈夫なのか。」と心配になるほどに女性たちはひどい目にあい続ける。
 地震による無政府状態に乗じて出現したならず者たちによってレイプされたり銃殺されたり、切り殺されたり殴り殺されたりする。
 多くの人が考える、「こんな目にあうのだけはいやだな。死ぬときにこんな死に方だけは絶対にいや。」というそのものが出演者たちの身に降りかかる。

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 故郷に幼い子どもと妻がいることを恥ずかしげに語るイーライ・ロスは結局最後までナンパ男になることが出来なかった気の良い奴だった。
 目の前で友だちの女性がレイプされながらどうすることも出来ずに、人間としての尊厳を賭けて石を投げようとするが、石は届かない。ならず者の怒りを買ってイーライ・ロスは生きながら燃やされてしまい灰になるが、ならず者は灰と化したイーライ・ロスをけっ飛ばす。
 この映画の主題が凝縮されたシーンだったが、凝縮され過ぎて崇高な高みにまで到達してしまった。本人は不本意だろうが、『裁かるるジャンヌ』の持つ崇高さに迫っている。人が神と呼ぶものに近づいていた。

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 『ハングオーバー』シリーズのザック・ガリフィアナキス演じるアランにそっくりなキャラクターのマリート(ニコラス・ロペス監督の兄、マティアス・ロペス)がイーライ・ロスの旅行仲間として登場して、この人だけは生き残るのだろう、という甘い予想を拒否するむごたらしい死にざまを見せた。
 人が次々に死んでいくだけの物語になぜこれほど心を、というより魂を揺さぶられるのか、答えは今のところ、この映画が「魂を揺さぶる映画」だから、という以外の理由はわからない。

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★ 『道化死てるぜ!』

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2012年。アイルランド。"STITCHES".
  コナー・マクマーン監督・脚本・編集。
 2012年のシッチェス映画祭グランプリという嘘の情報がパッケージに印刷されている。2012年のグランプリ作品はレオス・カラックスの『ホーリー・モーターズ』であり、こんなジャンク映画が受賞するなんてシッチェス映画祭を侮辱するにも程がある、などと思っていたら、映画祭の一部門で受賞していたものを誇大広告でごまかしたものだった。

 シッチェス映画祭という言葉はジョン・カーペンターの『世界の終り』で知ったので、怪奇映画に対するレスペクトに満ちた格調高いお祭りに違いないと思い込んでいたが、どうやらアニメやホラーのフィルムの売買の市場に過ぎないらしい。

 ホラー映画への愛などなさそうな、不敵な態度と軽さ、浅はかさに持ち味がある作品で、狙った浅はかさだという姿勢を保ってはいるものの、狙わずとも根本から浅はかな人物たちが作った映画なので、二重に浅はかなのが痛々しい。
 この痛々しさ、寒々しさ、見ていていたたまれなくなる感じはつい最近経験したことだった。『THE MANZAI 2013』決勝戦の痛々しさと同じものを『道化死てるぜ!』が持っていたのだった。

 『アフターショック』は人間の崇高さについて考えをめぐらせる映画だったが、『道化死てるぜ!』は人間はどこまで愚かになってしまえるのかということを考えてしまう悲しい映画だった。
 しかし、あまりのひどさに無感情になっているうちに、この笑えなさ、つまらなさが不思議な面白味をもたらしてきた。河崎実監督の『日本以外全部沈没』を見たときと同じ感覚かも知れない。
     IMDb

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 主人公のトム(美少年俳優トミー・ナイト)は、幼いころの誕生パーティーで出張ピエロのスティッチズ(ロス・ノーブル)を事故で死なせてしまったことがトラウマとなり、内気な性格が災いしてクラスメイトにいじめられていた。
 幼なじみの美少女ケイト(ジェマ=リア・デヴェロー、あまりかわいくない)への恋心を告白する勇気も持たず、いじけて、望遠鏡でケイトの部屋を覗き見することだけが生きがいだった。

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 トムの16歳の誕生日を前にピエロのスティッチズが墓場から復活する。クラスメイトを次々に残酷な方法で殺していくスティッチズの低予算ながらしょぼくれたスプラッターな殺人博覧会の描写が意外と創意工夫が凝らされていて、少しの面白味があった。
 混乱に乗じて、トムはケイトと急接近することに成功する。ボーイフレンドとけんか別れしたばかりのケイトの心のすき間を利用したトムはまんまとケイトのハートをつかんでほくそ笑むのだった。

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 トムのクラスメイトたちは次々と無慈悲な方法でピエロに殺されていく。トムの友人でゲイの少年を演じていた俳優や、いじめっ子役の俳優など、全員がそろって演技のド素人みたいな印象があり、つまらなさの極点を超えているので怒る気にもならない、一種のニヒリズムとも言えるような空笑いが発生した。

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★ 『ラッシュ/ プライドと友情』

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2013年。アメリカ。"RUSH".
  ロン・ハワード監督。ピーター・モーガン脚本。
 1976年のF1世界選手権でし烈な争いを繰り広げたピーター・ハントとニキ・ラウダの二人の関係を描いた物語。
 クリス・ヘムズワースがピーター・ハントを、ダニエル・ブリュールがニキ・ラウダを演じる。
 青山シアターというところのオンライン試写会で鑑賞。PCのスクリーンで見たにも関わらず、脚本が良くてドラマの構成がしっかりしているのと、レースのシーンは必要最小限にとどめてあるものの、カメラと編集が素晴らしいので完全に1976年のF1の世界に没入してしまったような気分を経験した。
 このところ、『ダ・ヴィンチ・コード』や『天使と悪魔』などの(ゴミ映画と呼ぶ値打ちもないクソ)映画でかつての名声を失ってしまったロン・ハワード監督だったが、この作品で一挙に名誉挽回となるに違いない。『バニシング IN TURBO』や『スプラッシュ』の頃のみずみずしさを取り戻したような感じで、若返ったような印象もある。
 自動車レースを題材にした映画には『グランプリ』や、『栄光のル・マン』などがあったが、それらと並べても見劣りしないどころか、それらよりも優れているのではないかという気がする。

 クリス・ヘムズワースとダニエル・ブリュールとの二人にとっても、おそらくこれまでの俳優キャリアの中での最高傑作で代表作となることだろう。
 F1に何の興味もない自分のような者が見ても、血が騒ぎ、沸騰するような興奮と感動を経験することが出来た。映画製作スタッフにとっても観客にとっても楽しい気持ちしか存在しない映画、こんな映画はめったに出現することはないはずだ。
 劇場公開が始まったら、大きなスクリーンでもう一度見たくなる映画、それが『ラッシュ/ プライドと友情』だった。
    IMDb
  公式サイト(日本)

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 ユーモアの精神に欠けて、気むずかしく、人と打ち解けるのが苦手でエゴイスティックな頑固者、ニキ・ラウダというキャラクターを演じたダニエル・ブリュールが良かった。『イングロリアス・バスターズ』のときもくせのある奇妙な人物像を演じてはいたが、この映画の実質的な主役であるニキ・ラウダという嫌われ者であるはずの人間が非常に魅力的に映ったのはダニエル・ブリュールの繊細な演じ方の効果だろうと思われた。

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 ニキ・ラウダと対照的なキャラクター、ジェームス・ハントを演じたクリス・ヘムズワースの成りきり演技も素晴らしい。享楽的で人にちやほやされるのが大好きなお気楽な男だが、ライバルのニキ・ラウダとの奇妙な友情が美しい。
 無言で互いに視線を交錯しあうラストシーンでの、お互いを尊敬しあっているさまが伝わる演出には感動した。
 物語はニキ・ラウダの回想形式で進行するので、実際は二人がどんな人物だったのかはわからないが、ニキ・ラウダのジェームス・ハントへのレスペクトの感情はひしひしと伝わってきて、現在につながり、私たちが生きている世界を輝かしく美しいものに染め上げてくれる。

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★ 『私にもできる! イケてる女の10(以上)のこと』

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2013年。アメリカ。"TO DO LIST".
  マギー・ケアリー監督・脚本。
 1993年のアメリカ西海岸の地方都市を舞台に、高校を卒業して大学入学までの夏休みをアルバイトをしながら過ごす女性の悩みや苦しみを笑いに昇華したコメディ映画。
 設定がクリステン・スチュワート出演の『アドベンチャーランドへようこそ』に似ている。年代は昨年公開された『ウォールフラワー』と重なっている。
 1990年代回顧ブームの到来なのだろうか。そういう流れはとっくに到来しているのかも知れないが、この作品は女子高生版の『スーパーバッド 童貞ウォーズ』、あるいは『ウォールフラワー』と『アメリカン・パイ』をミックスした感じの作品でかなりきつめの下ネタだらけで描かれる青春哀歌となっていた。
 下品すぎる下ネタの陰に隠れて目立たなくはなっているが、『ウォールフラワー』より作品の質は高くすぐれている、ような気がする。『アドベンチャーランドへようこそ』や『スーパーバッド』には残念ながら及ばない出来栄えだった。

 1990年代のヒット曲が数多く流れる中で選曲のセンスがさえる場面がいくつかあった。
 傷つきやすい童貞小僧のキャメロン(ジョニー・シモンズ)がヒロインのブランディ(オーブリー・プラザ)に誘導されるままに、ブランディの膣の場所を探し出そうとして下半身をまさぐるが、かなわずに苦しみもだえる場面にマジー・スター(Mazzy Star)の『フェイド・イントゥ・ユー(Fade Into You)』が流れ続けている。これには失笑を通り越して感動してしまった。これからはラジオであの曲が流れるのを聞いても必ずこの作品の下品極まりないシーンを思い出して泣き笑いすることだろう。
     IMDB
   公式サイト(USA)
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 1993年夏、卒業生総代として卒業式での華やかな舞台をやりとげたブランディ(オーブリー・プラザ)だったが、裁判所判事の父親のもとで育った優等生のブランディには、ボーイフレンドがいたことがなく、当然セックス経験もないことが劣等感になっていた。このままバージンのままで大学生になるなんてあり得ない、と思ったブランディは「セックスする前にしなければならない10以上のこと」をリストにしてひとつひとつ実行していく。

 ブランディの友人役のアリア・ショウカットが『マジックマネー』に引き続いて素晴らしかった。
 オーブリー・プラザは29歳で高校生役しかも下ネタを含めた捨て身の演技で尊敬に値する。日本の女性お笑い芸人にも見習ってもらいたい捨て身だった。

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 『スーパーバッド』のマクラヴィン、というより『キック・アス』のレッド・ミストとしての方が有名になってしまったクリストファー・ミンツ=プラッセもゲスト出演程度の短い時間だったが登場してオーブリー・プラザとの下ネタバトルを繰り広げる。
 共演した俳優やスタッフから愛される俳優、クリストファー・ミンツ・プラッセには、ジェームス・ディーンの親友だったサル・ミネオを連想させる面影と好ましさがあり、善人は長生きしないということわざ通りに若くして亡くなったサル・ミネオみたいにならないといいが、と要らぬ心配をしてしまうほどに誰からも好かれる好人物らしい。

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 ブランディの最終目的はイケメンで適度にマッチョでギターで自作の歌を歌えるラスティ・ウォーターズ(スコット・ポーター)とのセックスだった。HAND JOBや、BLOW JOBなどの試練を乗り越えてブランディは果たしてラスティとのセックスという頂にたどり着けるのか。
 最後にブランディがキャメロンやラスティの前で、セックスに混乱させられた自分たちの青春について辛辣な意見を述べる場面がみょうに説得力があって感動的でもあった。
 もっとも笑えた場面はビル・ヘイダーがブランディの姉のアンバー(レイチェル・ビルソン)とセックスしている部屋へ父親役のクラーク・グレッグが入ってきて口論になるシーンで、あまりのひどさと下品さにあきれ果てた。
 『セレステ&ジェシー』のアンディ・サムバーグが流れ者のバンドマン役で登場してブランディのBLOW JOBの相手になる場面にも哀しいユーモアがあった。

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 この作品は物語と同じく1993年に地方の高校を卒業したマギー・ケリー監督の青春そのものを素材にしたドラマだという。

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★ 『インシディアス 第2章』

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2013年。アメリカ。"INCIDIOUS CHAPTER 2".
  ジェームズ・ワン監督。リー・ワネル脚本。オーレン・ペリ製作。
 あまりにも素晴らしかった第一作目の続編にがっかりする、ということが時々あるのでこの第2章にも多少の不安はあったが、ついこの間にも『死霊館』という傑作を作り出したばかりの『ソウ』のコンビは現在無敵モードに突入しているようで、第一作目をはるかに超えるような傑作を私たちに届けてくれた。
 こんなに面白い映画を見ることが出来る地球という惑星は神に愛されているとしか思えない、という感動は『ゼロ・グラビティ』を凌駕しているようにも見える。

 コメディとホラーとのどちらの角度からも見ることが出来た万華鏡のように不思議な映画だった第一作目に、この第二作目はさらに面白い要素が加わっている。
 コメディとホラーとヒューマンドラマとが合体した映画が第二章で、もうホラー映画だと限定しなくても良いような領域にまで到達してしまったような気もする。大団円では、まぶしいほどに美しい人間賛歌の大合唱が響きわたるような心持ちさえしてくるほどだった。

 ホラー度数の高さを求める観客にも十分な満足を与えるほどに相当に怖ろしい演出もありながら、もっとも怖い場面にも必ずギャグの要素も入っている。
 ホラー映画への深い愛情に導かれて、ついにジェームズ・ワンとリー・ワネルのコンビは誰もたどり着いたことのない映画の新しい地平に歩を進めようとしているのではないか、と思ってしまうほどに、いつかどこかで見たことのある要素だらけのホラー映画でありながら、こんな映画はこれまで見たことがなかった、という印象が強い。ありそうでなかったホラー映画だからなのだろう。

 タイムパラドックスが絡んだエピソードにちょっと無理やりな感じはあったが、そんな些細な欠点は気にならないほどに全体に素晴らしい映画だった。
 昨年この映画を見ていたら、文句なしに2013年のベストワンだと思い込んだことだろう。
      IMDb
   公式サイト(日本)

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 ホラー映画への出演が続くパトリック・ウィルソンだが、ホラー専門俳優になるような器ではない大きな可能性を秘めている俳優であることが、この映画の格調を高める効果もあった。

 ヒューマン・コメディ(人間喜劇)を見た後には、出演している俳優の全員が愛おしくなって、出演者を端役に至るまでIMDBでチェックするのが楽しみでもあったが、ホラー映画でそういう感情になったのはこの映画が初めてかも知れない。
 ローズ・バーン、スティーヴ・コールター、リン・シェイ、バーバラ・ハーシー、それに凸凹コンビのリー・ワネルとアンガス・サンプソンなど出演者全員が好きになるホラー映画というのは珍しいことかも知れない。

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 第一章のラストシーンで何となくほのめかされていた、「このままハッピーエンドで終わるとは思えない」という不吉な予感が現実のものになる。
 物語は続編を作れと言われて仕方なしに適当にでっちあげた話にも見えるが、あとで考えてみると、やはり良く出来ている。古今東西の怪奇映画からホラー映画黎明期までのホラーへの愛に裏打ちされた物語で、ホラーへの愛が困難を乗り越えて勝利する物語になっている。

 家というものについて考えを巡らせる物語にもなっていて、数十年から場合によっては百年以上の歴史を持つ家屋に染みついた生活の重なり合った層の厚みに考古学的な分析をする描写には、そんな古い家がほとんど姿を消しつつある日本では少し実感を持ちにくいところだった。

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★ 『マンハッタン恋愛セラピー』

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2006年。アメリカ。"GRAY MATTERS".
  スー・クレイマー監督・製作・脚本。
 8年も前の映画がDVDストレートながらも新作として発売される。この作品はカルト映画の一種で一見平凡なラブコメみたいだが、完全なレズビアン映画で、ゲイの人々の共通の趣味である映画に対する愛情も強く、マニアックな映画ネタが全編に散りばめられているので、ゲイ的なものに寛容な映画ファンなら楽しく見ることが出来る。
 スクリューボール・コメディと呼ばれる早口の会話劇を中心にする喜劇なので、字幕ではほとんど会話の内容に追いついていかない、もどかしさが残る。一流の声優を使ったテンポの良い吹き替え版で見てみたかったが、キャストの地味さから売上金額を考えると無理な願いなのかも知れない。

 マンハッタンで兄のサム(トム・キャヴァナー)と暮らす広告代理店勤務のグレイ(ヘザー・グレアム)とは仲の良い兄妹で、周囲の人々は二人を恋人同士だと間違えるほどにいつも一緒にいる。
 社交ダンスを愛する兄妹の共通の趣味であるMGMミュージカルのポスターが部屋に飾られたりしている様子から、兄のサムはゲイなのではないか、と疑わしく思っていると、ある日、公園で知り合った美貌の動物学者チャーリー(ブリジット・モイナハン)に一目ぼれしたサムは、デートに出かけた翌朝にはチャーリーにプロポーズして二人の結婚が決まってしまう。

 兄の突然の決断に戸惑うグレイだったが、兄が好きになった女性であるチャーリーのことをグレイも自然に好きになっていき、結婚前夜のパーティーで泥酔したグレイとチャーリーはいつの間にか抱き合ってキスしてしまった。混乱しながらもグレイは自分がゲイであることに気づく。
 ゲイであることに気づいてから深刻な悩みや苦しみ、周囲の無理解と直面する、といったことはニューヨークが舞台なので全く起こらない。
 ひたすら軽いシットコム風な描写でレズビアン賛歌のクライマックスまで突っ走るだけの映画だったが、シシー・スペイセクやアラン・カミングなどの芸達者な脇役の効果もあって、まあまあ楽しい。
 ゲイっぽい俳優が次々に登場する中で主演のヘザー・グレアムは全くゲイには見えないがセクシーではない点は多少ゲイっぽいのかも知れない。ゲイの人々にも人気のある女優らしく、ヘザー・グレアムの人間としての魅力、人柄の良さ、聡明さが物語を引っ張る最大の力だった。
          IMDB

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 8年前の作品なので、現在は44歳のヘザー・グレアムも撮影当時は30歳代半ばで若々しい。
 作品の最大の見せ場は、1946年の超カルト映画、『雲流るるはてに』というミュージカル映画のダンス場面をヘザー・グレアムとブリジット・モイナハンとが再現するシーンで、映画の完全コピーを成し遂げており、相当のハードなレッスンを受けたのだろう。日本未公開の映画でそんな映画の存在さえ知らなかったが、有名な映画らしい。

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 ヘザー・グレアムが許されざる恋に悩む相手役のブリジット・モイナハンの黙って立っていれば知的で聡明そうなな顔立ちの美女だが、しゃべりだしたとたんにバカっぽさが全開になる感じが残念だった。これではヘザー・グレアムが恋する相手という役割が維持出来そうにない。
 兄のトム・キャヴァナーも地味すぎて印象が弱い。モリー・シャノンというどこかで見かけた女優が面白くて助かった。

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★ 『ドン・ジョン』

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2013年。アメリカ。"DON JON".
  ジョセフ・ゴードン=レヴィット監督・脚本・主演。
 ジョセフ・ゴードン=レヴィットの初監督作品が下ネタを主な動力源とするラブコメだったことには少しの感慨もありつつ、そうなるべくしてそうなったという印象が強い。
 セス・ローゲンと共演したときにもジャド・アパトー・ギャングの一員になる日も近いのか、という予感のようなものはあった。
 しかし、お笑い系にとどめておくにはもったいない、まだ可能性を秘めた人材であることは本人も自覚しているのかどうか、この作品を見ると、21世紀のアメリカを代表する俳優にもなれそうな気がしてきた。

 アップル・コンピュータの電源起ち上げ音が勃起と結びついている、という地球規模のあるあるネタとともに映画が幕を開ける。
 20世紀、スティーブ・ジョブズがまだNeXTにいてカリスマ性を維持していた時代を連想させるロレッタ・ハロウェイ、いく瞬間を音楽で表現したようなハウス・ミュージック全盛期の歌姫の声、こういう細やかなこだわりは激しい共感を世界中の男たちに呼び起こすに違いない。

 しかし、この映画は下ネタだけのコメディではないことは、ジュリアン・ムーアの登場とともに明らかになった。年上のおばさんでメンタルに問題を抱えていそうな女性がなぜわざわざ物語に登場したのか、その謎が解き明かされたときに、観客はにやにやしながら、ジョセフ・ゴードン君、あなたはスウィートで本当に良い人なのだね、と心の中でつぶやいてしまう。
       IMDB
    公式サイト(日本)

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 余計な要素の少ない、単純な物語であるところがデビュー作にふさわしく、素晴らしかった。
 欠点をあげればきりがないような、ぎこちない作りの映画ではあるが、あえてそういう作りにしているので強度がある。
 スカーレット・ヨハンソンがまるで魅力なしの女性に見えてしまう、アン・ハサウェイとチャニング・テイタム主演の映画内映画が適当過ぎる、などもったいないと思われる部分も少なくはなかったが。

 この作品は『スーパーバッド 童貞ウォーズ』などと並び称される伝説の映画になれるのか、それは不明である。

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★ 『ディス・イズ・ジ・エンド 俺たちハリウッドスターの最凶最期の日』

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2013年。アメリカ。"THIS IS THE END".
  セス・ローゲン&エヴァン・ゴールドバーグ製作・監督・脚本。
 ジェームズ・フランコの新築披露パーティーに多数のハリウッドスターが詰めかけていた。セス・ローゲンは親友のジェイ・バルシェルを誘ってパーティーに参加する。
 クリント・イーストウッド監督の『ミリオンダラー・ベイビー』で脚光を浴びたものの、引っ込み思案の性格が災いしてかその後パッとしないジェイ・バルシェルに少し外交的になってほしいというセス・ローゲンの願いがそこにはあった。
 しかし、集まったハリウッドスターのただれた側面を見てしまったジェイはパーティーに参加したことを後悔する。
 『マネーボール』での演技が高く評価されたジョナ・ヒルは天狗になっており、友愛心に満ちた顔つきで理解力のある大物芸能人のふりをしてジェイに話しかける。
 『JUNO/ジュノ』のマイケル・セラは取り返しのつかないコカイン中毒とセックス依存症により自分を見失ってしまっていた。
 『ハリー・ポッター』シリーズのイメージから脱することに成功し周囲からちやほやされて有頂天のエマ・ワトソンの姿もあった。

 何という醜い人々だろう、絶望したジェイがその場を立ち去ろうとした時、巨大な地震がハリウッドを襲う。
 地面が二つに割れて、ただれたハリウッドスターが吸い込まれていく。一方で善なる人々は天から射した一筋の光に包まれて雲の上に昇っていく。
 ついに審判の日が訪れたのだった。
 地上に残されたジェイやセス、ジェームズ・フランコなどの神を信じない罰当たりなパーティー参加者たちは何とか生き延びようとフランコの豪邸に立てこもる。
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 俳優が全員実名で登場して最低人間ぶりを競う、という設定の終末論コメディ映画、『ワールズエンド 酔っ払いが地球を救う』と重なるが、お笑い度数はこちらの方が高く、くだらないが笑える場面は少なくない。

 今年公開される『ノア 約束の舟』に出演するエマ・ワトソンがこんな不謹慎な映画に出ていて大丈夫なのか、と心配になるほどの強烈なエピソードとともに登場する。
 もっとも強烈なのはチャニング・テイタムの登場場面で、自分を投げ捨てた演技を見せて失笑を誘った。

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 ジョナ・ヒルのアカデミー助演男優賞候補ネタがひど過ぎておかしかった。ジェイ・バルシェルがこの世から消えてほしいと神に祈る場面で、「あの『マネーボール』のジョナ・ヒルです。」と神にささやいたことを悪魔に知られたジョナ・ヒルは悪魔に取りつかれて怪物と化す。

 クリストファー・ミンツ=プラッセやリアーナなどの人気芸能人も地獄に吸い込まれて消えた。
 果たして天国にたどり着けるのは誰なのか、というサスペンスもあるが、途中でどうでも良くなる。天国の不謹慎な描写もひど過ぎて素晴らしかった。

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