2018年・アメリカ。"The Princess Switch".
マイク・ロール監督。
ヴァネッサ・ハジェンズ主演で、やがて王妃となる侯爵令嬢とケーキ職人とが容姿が瓜二つだったことから、侯爵令嬢の提案で数日間入れ替わりを経験して見聞を広めようとたくらんだことから引き起こされるドタバタ騒ぎを描いたロマンチック・コメディ。
マーク・トウェイン原作の『王子と乞食』の物語の変奏で、一見してリンジー・ローハン主演の『フォーチュン・クッキー』を連想したが、『フォーチュン・クッキー』みたいな素晴らしい作品と比較するのは酷だろう。かなりいい線いっているが、『フォーチュン・クッキー』みたいに永く語り継がれる作品にはならないだろう。ただし、Netflixのオリジナル映画としては、コーエン兄弟の『バスターのバラード』に勝るとも引けは取らないくらいの高品質は保たれている、と思ったが、多くの人は「そんな馬鹿な・・」というかも知れない。
Netflixオリジナルの連続ドラマ、『ストレンジャー・シングス』、『マインドハンター』、『13の理由』、『ブラック・ミラー』、『マスター・オブ・ゼロ』、『ル・シャレー離された13人』、『GET DOWN』、などに取りつかれて今年は完全にNetflix依存症と化したが、一方でオリジナルの映画にはがっかりさせられることの方が多い、そう思い込み始めたところに、この『スイッチング・プリンセス』が登場して、何だ、やればできるじゃないか。と一安心したことだった。Netflixオリジナル映画作品の中では久々の優良作品の部類に入る、と思われる。
冒頭で登場する主人公、ヴァネッサ・ハジェンズの姿かたちを見て、「この地味なおばさんは何者だ?」と思ってしまいがちだが、そうではないはずだ。
この老け込んで全盛期の輝き、『ハイスクール・ミュージカル』で一世を風靡した頃の光輝く存在を見事に失った中年女性の姿こそがこの作品のメッセージであるのだろう。若さに依存する美しさは数年か数か月で消滅してしまうはかないものに過ぎない。一見地味なおばさんに成り下がったかに見えるヴァネッサ嬢だが、その場面がボトムで、そこからヴァネッサ嬢の女優としての、人間としての魅力が徐々に明らかにされていくのを観客は眼にして、「そうか、歳はとってもヴァネッサ嬢はやはりチャーミングな魅力を維持しているようだ。」と考える。演出も精いっぱいそういう方向に観客を誘導しようとがんばっている。
相手役の王子様を演じるサム・パラディオも高貴な物腰と顔の創りでヴァネッサ嬢の熱演を補完している。
アン・ハサウェイ主演の『プリティ・プリンセス』と同じ程度には楽しく面白い作品にはなっていたような気がする。どちらにしろ、Netflixオリジナルの映画で愉快で面白い時間を過ごすことが出来たことに感謝したい心持ちで、クリスマス前の時期に暖かい部屋でのんびり見るには最適な作品だった。
どう転んでもヴァネッサ・ハジェンズに王妃の役柄は無理があるようだったが、次第にそれなりの高貴な雰囲気が備わってきたような印象もあるので、結局誰でも衣装とメイクと演出でどうにでもなるのだろう。ギャグは頻繁に挿入されてはいたが、あまりおかしくなかった。使い古された紋切り型のギャグばかりだったからだろう。しかし、何かちぐはぐな感じや、脚本の適当な投げやり具合などに全体に意図せざるおかしみのようなものが漂っていて、面白みはあった。
王子役のサム・パラディオは長身と身のこなしの洗練された雰囲気、堅物のキャラクターなどで、いかにも小国の王子様の役柄にはまっていて感じがよかった。ヴァネッサ嬢のケーキ作りのパートナー、ケヴィン役のニック・サガルも押し出しが良くて有望新人かも知れない。ケヴィンの娘役のアレクサ・アデサン(Alexa Adeosun)が可愛らしくこましゃくれていて、物語の緩衝材の役割を果たしている。
マーガレット妃の教育係的なドナテリ夫人(スアンヌ・ブラウン)とヴァネッサ嬢の入れ替わりの秘密を暴こうと奮闘するフランク(マーク・フレイスチマン)とも面白いキャラクターになりそうだったが、描写の物足りなさ(おそらくエピソードを大幅にカットされてしまったのだろう)のせいで、中途半端な存在のままに退場してしまった。
面白くなりそうで、どこか中途半端で隔靴掻痒の気配はあるものの、こんなものかな、と割り切ってみる分にはちょうど良い作品で、真剣に見なくてもいいよ、時間が空いた時のひまつぶしにご覧下さいというNetflixの基本的な概念にこれほどふさわしい映画はないかも知れない。