2012年。イギリス。"LES MISERABLES".
トム・フーパー監督。ヴィクトル・ユーゴー原作。
ジャベール警部役のラッセル・クロウの悪役演技に期待していた。朗々とした歌唱で歌い踊るのかと思っていたら、意外と声が細く、声量もあまりないようだった。
歌には自信があるということだったが、他の出演者と比較しても、特にすぐれた歌い手ではなかったような印象がある。業界の嫌われ者らしく、スタッフの嫌がらせでわざと線の細い歌唱に仕上げられた、ということはないようなので、歌手としてはいまいちなのだろう。
それに、ジャベール警部のキャラクターがラッセル・クロウにはどうもしっくりこないような感じもする。
頑固者だが、実は繊細な心の持ち主で、最後には自殺してしまう、というのは、まったくラッセル・クロウらしくない。
現役の映画俳優の中でもっとも自殺という行動から程遠いのがラッセル・クロウだからだ。
強い男に見えて、実は傷つきやすい心の持ち主というのであれば、例えば、ジェラルド・バトラーあたりが適役のような気がする。実生活でうつ病に苦しんでいたジェラルドバトラーなら自殺という行動にも説得力がもたらされたのかも知れない。
地球上で、うつ病と最も遠い位置にいる男、それがラッセル・クロウのイメージだ。銃弾やナイフで致命傷を負っても、おそらくラッセル・クロウなら生き延びるだろう。ふてぶてしさと傲慢さが過剰過ぎてどこか憎めないのが持ち味なので、ジャベール警部の自殺のシーンには大きな違和感が残った。
原作を読んでいないのでよくわからないが、物語は、何の救いもなく、むごたらしく死んでいった人々への慈愛に満ちた視線に満ちあふれている。
仕事を解雇されて、売春婦に身をやつし、絶望の中で死んでいったファンテーヌ(アン・ハサウェイ)の影には、当時に実際にファンテーヌと同じような境遇で死んでいった女性たち、無数のファンテーヌの存在が感じ取れる。作者であるヴィクトル・ユーゴーは、ひどい境遇で死んでいった女性たちに対して、どうにか救いを与える方法はないものかと思案して、結局、物語で救いを与えるしかない、と考えたのかも知れない。
ヴィクトル・ユーゴーの心優しいまなざしが物語の全編に注がれている。それにはミュージカルという形式は最適で、歌はブルースみたいに絶望をより深めるようなものでも、音楽であるからには、やはり救いがある。絶望を誰か他人と共有することで、誰かははげましを得ることができる。
パリ・コミューンの学生たちのむごたらしく殺された死体の列にも物語の語り手の無念の想いが込められていたようだった。
この時代のパリの激動の歴史に興味深いものがあり、また原作も相当に面白そうなので、無料で読める青空文庫というところの原作をスマホに入れてみた。少しずつ読んでみようかと思った。
IMDB
公式サイト(日本)
アマンダ・セイフライドの柔軟性の高さ、器用さが意外だった。相手役のエディ・レッドメインも好ましい。アン・ハサウェイは出番は少ないが記憶に残るもうけ役で一番得をしたように映る。
サシャ・バロン・コーエンとヘレナ・ボナム=カーターが物語を引っかき回す重要な役どころだったはずだが、いまひとつ印象に残るシーンがないのが残念だった。
パリ・コミューンとは、歴史上最初で唯一の社会主義の自治体だとも呼ばれているらしい。赤い革命旗を胸にかかげて銃殺される学生たちの姿には、団塊の世代のお父さんたちは胸を熱くする場面かも知れない。
数十日しかもたなかったパリ・コミューンとはどういうものだったのか、何となく天草四郎時貞の島原の乱にイメージが重なって見える。
むごたらしく殺された学生たちがクライマックスで『民衆の歌(Do You Hear The People Sing)』を歌っている場面で、彼らの理想への情熱は受け継がれる、というような演出はちょっと安易な気もしたが、それなりに感動的な場面ではあった。
ちょっとインターナショナルとか、労働組合で歌われる歌に曲調が似ているのが、さすがにイギリス製作っぽいな、という印象はあった。アメリカ資本ならこうはならないだろうと思われた。
監督のトム・フーパーは南アフリカの人種隔離政策の暗部をえぐった『レッド・ダスト』という良くできた社会派サスペンスが面白かった、その後の『くたばれ!ユナイテッド サッカー万歳』もふざけているようで生真面目な作りが好ましかった。『英国王のスピーチ』もそこそこだったので、可もなし不可もなしだが手堅い演出家というイメージで、次第に大物監督っぽくなっていくのだろう。
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