2012年。BeeTV.
寒竹ゆり監督・脚本。
沢尻エリカが映画に出演しないのは日本映画にとって大きな損失だと考えていた人は2012年に期待に胸をふくらませながら、『ヘルタースケルター』を待っていたはずだが、これは期待していたものとは違う、という違和感だけが残った、というような話をよく目にしたり耳にしたりしているうちに見逃してしまった。
ヘルタースケルターという言葉はある人にとってはビートルズのへヴィメタル・ブルースの楽曲であり、またある人にとっては岡崎京子のマンガであり、またある人にとってはチャールズ・マンソンのまがまがしいイメージとともにあるのかもしれない。
しかし、1980年代から1990年代にかけてポップ文化に目覚めた者にとっては、椹木野衣の『ヘルタースケルター』という黄色い本だった。あの黄色い本をもう一度読んでみようかと思ったら、書店にはもうないし文庫にもなっていない。一時期は熱心に読んでいた本だったが大した内容ではなかったのだろうか。何が書いてあったか忘れてしまっているのでよく理解できていなかったのだろう。
沢尻エリカの『ヘルタースケルター』はそのうちにDVDで見るとして、『クローズドノート』を見たときに感じた予感、沢尻エリカのまだ全体像をあらわしていない大きな可能性は本物だったと確信させるドラマがこの作品だった。
寒竹ゆりという演出家の名前は初めて知ったが、フォックスサーチライトの恋愛ドラマみたいな感触が好ましい。陳腐でべたべたなストーリーを気取った演出と気取ったカメラできれいに見せるおしゃれ映画みたいなものだったのだが、硬質で乾いたセンチメンタルが主演の沢尻エリカを輝かせている。やっぱりエリカ様は一流の映画女優だったのだと信じることができるほどの光と影を見せていた。
ちょっと加賀まりこや桃井かおりみたいに若いときの一時期だけ光り輝いて、その後は社交界で生きる芸能人みたいになってしまいそうな危うさもあるが、『ブラックダリア』に出ていたころのスカーレット・ヨハンソンに勝るとも劣らない沢尻エリカのファムファタル度数の高さは、いずれ近いうちに大傑作を生み出させるのではないのかという予感は『クローズドノート』のころよりも高まっている。
BeeTVという携帯電話での視聴専用のドラマでありながら、沢尻エリカの演技へ全力投球しているさまも美しい。沢尻エリカだけではなく、他の出演者、村上淳、中村蒼、岡田義徳なども手抜きはなく、キャストもスタッフもこれが映画だと勘違いしているのではないのかと思われるほどだった。
特に村上淳という俳優は今後の日本映画において重要な役割を果たすのではないのかとも思われる。素晴らしい俳優を発見した気がする。
1960年前後の大映メロドラマ、増村保造や市川崑の映画と比較しても見劣りしない隠れた傑作かもしれない。
BeeTV公式サイト
フレンチのレストランでシェフとして働くエル(沢尻エリカ)は男勝りの強気な態度で周囲の男たちにすきを見せないで生きているが、恋には臆病でひとりでいるときにはすぐに泣いてしまう弱さを隠し持っていた。
一見強そうだが、年下の生意気な男(中村蒼)にすぐに孤独な魂を見透かされるほどに防御は弱い、という沢尻エリカのパブリックイメージそのままの役柄を生き生きと演じている。
パブリックイメージ・リミテッドというロックコンボがあったが、パブリックイメージ・リミテッドという呼び名は沢尻エリカにこそふさわしいような気がする。
同じ時間に同じ場所で、ウェイトレスとして働くエム(沢尻エリカの一人二役)は狙った男を手に入れるためには手段を選ばない悪魔のような女だった。
物語はエルとエムが同じ時間を生きている、というパラレルワールドもののSFみたいなつくりになっている。ウディ・アレンの『メリンダとメリンダ』にも少し似ている。
少し以前に話題になったノーベル賞作家マリオ・バルガス=リョサの小説、『悪い娘の悪戯』を読んだときに(途中で読むのを中断したままになっている)、これを映画化するとしたら主演女優は誰だろうと考えたことがあった。
『バニラスカイ』に出演していたころのペネロペ・クルスあたりだろうか、とも思ったが、現在は沢尻エリカが最適でベストだろう、と確信している。
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