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Channel: 映画の感想文日記
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★ 『ビリー・リンの永遠の一日』

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2016年。アメリカ。"Billy Lynn's Long Time Walk".

 アン・リー監督。ベン・ファウンテン原作。

 全米批評家協会賞を受賞した話題の小説をアン・リーが監督して映画化、しかし理由は色々あるようだが劇場公開なし、DVDとネット配信のみの公開になっている。

 この映画の予告編を見たときに、「何だこれは?ダンスしながら歌うglee世代のための戦争映画なのか?」という奇妙な印象を持ったが、舞台がアメリカン・フットボールのハーフタイム・ショーというアメリカ合衆国で最も華やかなエンターテインメントの舞台での一日の出来事なのでそうなっている。

 フォックスニュースのカメラに偶然映った救出行動が本国でメディアの話題となり、イラク戦争の英雄として2週間の休暇をもらったビリー・リン(ジョー・アルウィン)は、仲間のブラボー分隊とともに一時帰国して戦意高揚のためのイベント出演をする。実際は休暇ではなく軍部の宣伝活動に利用されただけのことだった。そのクライマックスがハーフタイム・ショーで、当時はデスティニーズ・チャイルドの一員だったビヨンセのパフォーマンスを中心にショーが構成されている。

 貧しい地方出身でお金も学歴もない19歳の若者ビリー・リンの戦争に行くしかなかった家庭環境が回想形式でショーの合間にはさみ込まれる。クリント・イーストウッドの『アメリカン・スナイパー』や『父親たちの星条旗』とも共通する帰還兵の物語だが、ビリー・リンたちはショーが終われば再び飛行機でイラクへすぐに戻らなければならない現役の兵士であり、再び生きて帰れる可能性はそう高くはなさそうなのが悲劇的とまではいかないが、哀しみがつきまとっている。キャサリン・ビグローの『ハートロッカー』を青春ドラマとして再構成し、より繊細に味わい深く描きなおしたような印象がある。

 『アメリカン・スナイパー』を見た時には感銘を受けたが、この作品はそれ以上だった。ショックはないが、主人公たちと同様に、表面的な賛辞ばかりで誰も本当には自分たちを尊敬していないどころか、興味さえ持っていないことが明らかな中でのイベント活動にうんざりしながら、これが終われば再び地獄が待っている、生きて故郷に帰っても、「バーガーキングで働くしかない」という貧困を生きるしかない、どこにも逃げ場はないというアメリカ合衆国の現実を一緒に経験したかのような感覚に観客を捉えさせることに成功している。これは2004年が舞台だが、現在はさらにひどくなっている情況の中でこの映画を見るのは辛いと同時に生きる励ましをも受け取ることが出来る。ある特定の人々、例えば17歳で映画を見始めた若者にとっては、心に響く、というより魂を揺さぶられる映画となる可能性がある。その人々は「私はビリー・リンだ。」と考えたに違いない。

 IMDb

 イラク兵に銃撃され捕らえられそうになったシュルーム軍曹(ヴィン・ディーゼル)を救出に向かい、偶然出会ったイラク兵を格闘の末に刺し殺したビリーだったが、シュルーム軍曹はすでに息絶えていた。テレビカメラに映ったビリーの一連の行動がテレビの報道番組をきっかけにメディア全体の話題となり、知らぬ間にビリーはメディアから英雄扱いをされる。人生で最悪の出来事を英雄扱いされることに違和感を憶えるビリーだったが、シュルームが最も信頼する青年だったビリーはそれを冷静に受け止めて、シュルームの遺体とともに飛行機でハリウッドへの短い旅に出ることにする。シュルームが信頼を寄せていたのは他の兵士がクズ過ぎたためで、ビリーもクズの一人だが比較的ましなクズだという点もきっちりと残酷に描かれている所もリアル過ぎて美しいとさえ見えてくる。

 戦闘経験の乏しい若者が現実の戦争に巻き込まれると実際はどんな反応をしてしまうのかが生々しく描き出されていて、これまで見てきた戦争映画のどれよりもリアルに感じた。チームワークも不十分な中で何をすれば良いのかが判断不可能な状態の描写が見事だった。ビリーも尊敬するシュルーム軍曹が撃たれたことにショックを受けて無我夢中で動いたに過ぎない。威力の強い銃で撃たれた人間はバラバラになるのではなく、ピンク色の霧のようになって消滅するという描写は惨たらしいが新鮮だった。ブラボー分隊の活躍をなぜか女優のヒラリー・スワンク主演で映画化しようと画策するマネージャーのアルバート(クリス・タッカー)の適当なことをしゃべり続けるキャラクターが面白かった。ビリーと姉のキャサリン(クリステン・スチュワート)との姉弟愛の美しさも素晴らしい。キャサリンは医者からPTSDの診断が出れば現場復帰は回避できる、弟に死んでもらっては困ると言う。交通事故で全身と顔に傷跡のあるキャサリンは身体よりも心に深い傷を抱えながら生きており、クズ人間だらけの家族の中でビリーだけが頼りなのだ。

 数万人が集まったフットボール会場の誰もブラボー分隊を尊敬していない感じが細やかに描き出されて、アメリカて最低な国だな、と思いつつもハーフタイム・ショーの美しさにはうっとりさせられてしまうという不安定なクライマックスがビヨンセ(そっくりさんなので顔は映らない)を中心にしたパフォーマンスで映しだされる場面が見せ場となっている。会場のオーナー(スティーヴ・マーティン)にビリーが最後に放った痛烈な発言は、ハリウッド映画そのものを否定しかねない危険で本物の言葉だった。政治的に偏った物語になりそうな題材だが、イラク戦争批判の映画ではない、という巧妙な物語の組み立て方もあり、青春映画の傑作としてすんなりと見ることが出来た。

 キリスト教原理主義者の美しいチアリーダー、フェイゾン(マケンジー・リー)との恋に発展しそうで会話が一応成立していながら、実際はコミュニケーション不可能なむなしい感じも面白かった。

 この作品のDVDは4K/ULTRA HDという最高画質で鑑賞できる仕様になっているが、高級な再生装置を持っていないと無理なのでいつの日にか、出来れば劇場に近い環境で鑑賞したい作品となった。DVDとネット配信との関係が急速に変化している事態に直面している。レコードコレクターズという高齢者向けの音楽雑誌があるが、あの雑誌の読者層はCDに気兼ねなく5万円くらい払える人々が中心であり、映画の記録メディアの業界もその方向へ確実に移行しつつある。

 

 

 

 

 


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