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Channel: 映画の感想文日記
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★ 『風船』

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1956年。日活。
  川島雄三監督。今村昌平・川島雄三脚本。大仏次郎原作。森英恵衣装。黛敏郎音楽。
 『洲崎パラダイス 赤信号』を見たときに川島雄三は天才のように見える、と思ったが、このヒューマンドラマでメロドラマの傑作、『風船』を見たいまとなっては、川島雄三が天才映画監督であることに疑いの余地はなくなった。何と心を揺さぶられる素晴らしい映画であったことか。

 『洲崎パラダイス赤信号』でも人生や社会を皮肉っぽく見つめる視線は強く印象に残ったが、この『風船』では、シニカルさはより激しく、「どうです?人間って下劣でくだらない生物でしょう?何の価値もありませんよ。」とでも言いたげな物語がいやというほどに繰り広げられる。
 しかし、あまりに冷笑的で嘲笑に満ちた視線の果てに、最終的には見終わってみると、「人間万歳!人生万歳!」というような感慨にたどり着いたような気がするのが面白い。ニヒリストを気どった川島雄三なりの人間賛歌にもなっている。

 『洲崎パラダイス赤信号』でも素晴らしかった三橋達也と新珠三千代がこの作品にも出演しており、やっぱりお見事だった。ダメダメな人間を演じさせたらこの二人は本当にさえている。
 一方では、芦川いづみが幼いころの病気がもとで知能に障害のある娘を演じているが、その無垢な魂の美しさは神々しささえ感じるほどで、下劣な人間ばかりが登場するドラマの中で、心が清らかな女神のような存在が物語に最後に救いをもたらしていた。

 画家へなる夢に挫折した男が、小さなカメラ会社を設立しこつこつと働いていたが、時流に乗って成功してしまい、大きな企業の社長となってしまった心の屈託を中心に、新しい世代の男と女の恋愛模様を描いた物語。(どこかのカメラ会社がモデルになっているのかも知れない。)
 登場人物のすべてが良くも悪くも魅力的で、昔の日本のセレブリティの生態が興味深く、何となく、横光利一の小説、『上海』を連想した。
映画の感想文日記-husen07
 主人公、村上春樹(名前は偶然だろうが面白い、森雅之が演じる)の息子で、ダメな二代目の典型のような圭吉(三橋達也)は、高級クラブのホステス、久美子(新珠三千代)に毎月お金を支払いながら交際している。恋愛感情はほとんどなく、惰性で高級な売春婦とつきあっているような印象だった。
映画の感想文日記-husen08
 新婚間もない夫を戦争にとられて、南方の名前もよくわからない島で亡くした戦争未亡人の久美子は、クラブで夜の女として働いていたが、死んだ夫のことは語りたがらない。
 しっかりした悪女のようで、実際は心が弱く、生活もだらしなく、これといった目的もなく生きている。
 圭吉が別の女(北原三枝)と浮気していることを知り、北原三枝に面と向かって嘲笑された夜の後に、自殺未遂をはかる。
 圭吉に、「同情を引こうとして自殺するふりをしただけだろう。」と侮辱された次の日に、今度は本当に自殺に成功してしまった。弱い女というより、いろいろとダメな部分の多すぎる女性だったが、久美子の存在を想うと哀しく切ない気分になる。
映画の感想文日記-husen11
 圭吉が久美子とつき合っていると知ると、突然圭吉を久美子から奪ってみたくなる本当の悪女、ミキコだった。単なる恋愛ゲームとして圭吉をほんろうするが、本気で恋などしていない。ミキコの策略によって久美子が自殺したと知っても、「愚かな女ね!」と言って気にもとめない。
 北原三枝の悪女ぶりとエロさが映画を面白くしていた。こんな悪女に引っかかったら大変だ、と想ったら、北原三枝は石原裕次郎の奥さんになっている女性だった。
映画の感想文日記-husen09
 ナイトクラブのオーナーで圭吉と久美子とミキコとを引き合わせた張本人の都築(二本柳寛)は、あらかじめ圭吉たちの関係がこじれることを見越して三人を同席させたような印象が強い。
 人間に絶望しているニヒリストで、信じるに足るものなどこの世界にないとうそぶく。
 『風船』とは、都築が夜にうごめく人々のことを指して言った言葉で、徹底したシニカルさは監督の川島雄三が自分自身を仮託した分身的なキャラクターなのだろうと思った。
 ニヒリストで独身主義者だがおしゃれでダンディでカッコよく、物語の語り手的な存在で周囲の人々の動きを観察することに徹している。不可解な部分の多い人物で魅力的だが、いずれは破滅するか孤独な死をむかえることだろう。しかしこの男なら、「死もまた興あり。」とでも言ってあっけらかんとして去ることだろう。
映画の感想文日記-husen05
 バイトを掛持ちしながら苦労して大学へ通う弟の学費のためにヌードモデルをしているるい子(左幸子)と弟の達次郎(牧真介)との、互いを思いやる美しい姉弟愛のエピソードは思い出すだけでも心が洗われるような心地がするほどだった。
 主人公の村上春樹は、いろいろあって息子の圭吉を自分の会社から解雇して、自分も社長の座を退く。
 かつて学生時代を過ごした京都に引っ越して、学生時代のような質素な下宿生活を始めながら、あきらめていた絵の勉強を再び始めるのだった。
 あまり救いのない残酷な物語ではあったが、最後のイメージが素晴らしい。京都の祭りでぎこちない踊りをする芦川いづみを優しいまなざしで見つめる村上春樹(森雅之)とともに映画が幕を閉じる。
 折にふれて見返したくなる映画だった。

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