2011年。下北沢トリウッド/東京ビジュアルアーツ。
早川嗣監督・脚本。
視覚障碍者の青年がひそかに恋心を抱く少女を誘って山へハイキングに出かける。そこでカメラ愛好家の心ない大学生たちに勝手に写真を撮られてしまったことから互いにののしり合いになってしまう。
青年に付き添っていた介助者の女性とその兄は、青年と大学生との言い争いを黙って見ていることしかできなかった。
障碍者を主人公にしたドラマは、ときどきテレビドラマなどでも描かれることがあるが、図式的になりがちだったり、ロバート・デ・ニーロの『レナードの朝』みたいに俳優の成り切り演技だけが印象に残ったりして、なかなかうまくはいかないようだった。
成功例は、アラン・アーキン主演の『愛すれど心さびしく』と、強引なハッピーエンドのメロドラマに徹したダグラス・サークの『心のともしび』くらいしか思いつかない。
この作品は映画専門学校である東京ビジュアルアーツの学生が作った映画なので、うまくいっているかどうか疑わしいと思っていたら、自分に出来ることと出来ないこととの区別がついているこの新人監督は素晴らしい演出を見せてくれた。
20歳くらいで芥川賞を受賞した新人作家の作品を読んだときに感じる、単純だが美しいという感動をこの作品からも感じとることが出来る。
自己中心的なところのある視覚障碍者の青年が、恋心と性欲との区別があいまいだったり、周囲の無理解に対して暴言を吐いたりしながら、最後に見えない眼で天空に光り輝く金星を必死で見ようとするラストショットのドライな演出には、ガス・ヴァン・サントのデビュー作、『マラノーチェ』に通じるクールな感触があった、ような気がする。
公式サイト(日本)
先天性の視覚障碍者の俊(大倉裕真)は、声が美しいことから容姿を理想の女性像と重ね合わせていたほのか(岸井ゆきの)を山でのデートに誘う。
しかし、ほのかは火事で顔の半分にあざがあることを恥じて他人の視線を異常に警戒していた。
ほのかがカメラに恐怖心を抱いていることを察知した俊が義侠心を発揮して、大学生とけんかになる。
けんかの後、山小屋で俊がほのかの身体を求めようとして拒絶されるシーンが哀しくておかしかった。
視覚障碍者ふたりだけでの山歩きは危険なので介助者の聡子(渡辺真起子)が付きそう。
「デートに保護者同伴かよ。」と皮肉を言う聡子の兄(稲増文)のキャラクターと、どうしても俊を甘やかしてしまう聡子とのバランスが良かった。
カメラ男子の大学生(中村織央、浅野道啓)も、悪人というわけではなく、一般人が障碍者に接するときに陥りがちな心なさの代表選手として登場する。
そして大学生はテレビなどのメディアでは決して語られない言葉、「障碍者ってそんなに偉いんですかね?」と、「なんかむかつくんですけど。」といったことを吐き捨てるように言う。
俊と大学生との口論が終わった後で、聡子に兄が「俊もあれくらいひどいことを言われた方が良いんだよ。これまで一度も言われた経験がないんだから。」と語った時に、口の悪い兄こそが俊の自立を心から願っていたのだと気づく。
ほのかのキャラクター描写がややあいまいで、どういう人物なのかわかりにくい部分もあったが、演出が主人公の俊に寄りそったことで、最後の見えるはずのない金星を見ようとするショットが生きて、輝かしい青春映画となることに成功していた。
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★ 『金星』
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