Quantcast
Channel: 映画の感想文日記
Viewing all articles
Browse latest Browse all 159

★ 『クロユリ団地』

$
0
0

2013年。「クロユリ団地」製作委員会。
  中田秀夫監督。秋元康企画。
 5月に公開されて、すでに2ヶ月近く経過しているので、さすがに観客も少ないだろうと思ったら、ちょうど学校が試験前の時期のためか、 高校生や大学生たちが勉強の合い間の息抜きのつもりか、あるいは現実逃避の目的でか、多数つめかけている。
 上映が終了すると、その多くが「後味悪すぎるだろ。」とか、「マエアツの顔が一番怖かったよ。」などとブツブツと言い合いながら劇場の外に出て行った。
 大ヒットした映画だが、総じて評判の悪い映画なので、ちょっと警戒していたが、そんな心構えは不必要だった。
 素晴らしい日本映画とは、2013年の現在、『クロユリ団地』以外にはただの1本も存在していない、と断言することが出来るはずだ。
 公開中の映画を大して見てもいないのにそんなことが言えるのは、単に『クロユリ団地』が、とび抜けて面白かったからだった。
 思い込みで貨幣価値に換算すると、『真夏の方程式』は350円、『俺はまだ本気出してないだけ』が20円、『クロユリ団地』が1500円、他は見ていないので保留だが、『クロユリ団地』より高い価値を持つ映画はないような気がする。
 洋画だと、『死霊のはらわた(リメイク版)』が15円、『ダイ・ハード・ラスト・デイ』は30円、『ラスト・スタンド』は500円、『オブリビオン』は1200円、『キャビン』は15円、『ヒッチコック』が500円といった印象だった。

 ふだんあまり映画を見ない人がこの作品にがっかりするのは当然で、大して怖くない上に、物語の語り方にもちぐはぐなところが目立つので、『リング』や『呪怨』のようなものを期待すれば、間違いなく失望する。
 それに、この『クロユリ団地』という映画は、はっきりと失敗作である。

 『リング』のヒデオナカタが新作を発表するというので、世界中の映画業界人が新たなビッグマネーを産み出す種子を探そうと、この映画に注目しているはずだが、その人たちも、「何だ、『アザーズ』や『バニラスカイ』、『シックス・センス』程度のものだったな。」と口々に失望を表明する姿が想像できる。

 しかし、この映画の素晴らしさと美しさはその失敗のしかたにある。
 ある人は、すぐにジャック・クレイトンの『回転』(1961年)を想い出すに違いない。
 前田敦子の演技は『回転』でのデボラ・カーをトレースしているようにも映る。
 本来は心理スリラー映画として製作していたものを、プロデューサーの要請で無理やりホラー仕立てにさせられてしまったような奇妙な違和感もある。
 この映画は前田敦子演じる明日香の心の旅路を物語る心理スリラー映画で、ホラーの要素は商品の飾りつけのようなものだろう。
 予算の少なさや、撮影期間の不十分さなどがあからさまに画面から伝わってくるのも、中規模資本のプロジェクトの苦労がうかがわれる涙ぐましさとして独特の味を創り出してもいる。

 志は高いが、それを最大限に発揮できる環境が用意されていなかった。そういう失敗作の数々は、映画の歴史の中に多い。オーソン・ウェルズの『偉大なるアンバーソン家の人々』や『フェイク』、ホラー映画でもダリオ・アルジェント監督の作品はほぼ全部が失敗作だとも言える。キューブリックの『シャイニング』でさえ、スタッフの誰もが納得しないままに納品されている。

 『クロユリ団地』の失敗の仕方は、荒っぽくて説明不足な部分があちこちに見られるだけに、映画の未来へのより大きな可能性が同時に発生してもいる。こういう失敗の仕方は、スタッフの映画に対する愛情の深さや教養の豊かさが垣間見えてきて、「これが映画という娯楽商品のあるべき姿だ。見る者の思考を活性化させて、生き生きとさせる。人間の経済活動の中に映画が存在する意義とはこれのことだ。」と思ったことだった。
     IMDB         公式サイト(日本)
映画の感想文日記-kuroyurid01
 愛する人を亡くした悲しみ、愛する家族を亡くした悲しみ、誰もが経験するそれらの苦難をどう乗り越えていけば良いのか。この作品は、その普遍的な主題に対して心理スリラー映画とホラー映画のミックスのようなかたちで物語りながら答えを探ろうと悪戦苦闘している。
 アーロン・エッカートとジェニファー・アニストン主演の『わすれた恋のはじめかた』でも描かれていたように、悲しみを乗り越える方法などどこにも存在しない。それに押しつぶされることなく、ただひたすら悲しみとともに死ぬまで生きるしかないのだ、という真実の物語を『クロユリ団地』はスリラー映画に着地させた。それがあまりうまくいっていないように見えるラストシーンのせいで評価も低くなってしまったのだと思った。
 しかし、多くの人が意外と忘れていることがある。たいていのホラー映画は名作と呼ばれる作品でもしょぼくてあっけない終わり方をする、ということを。
 観客に余計な心理的負担を与えないためにもホラー映画はせこく終わるのが正解ではないだろうか。などと思ったりもする。

 近年のホラー映画の中でも、この『クロユリ団地』は相対的にすぐれている。『インシディアス』や『エスター』にはちょっと劣るかも知れないが、『SAW』シリーズや、『パラノーマル・アクティビティ』シリーズ、『グレイヴ・エンカウンターズ』やサム・ライミ監督の『スペル』や無数にあるゾンビ映画やスラッシャー映画よりははるかに志が高くまともに映画を作ろうとしている。
 最近のホラーよりは1950年代から1960年代あたりまでの、怪奇映画と呼ばれていた時期の映画の感触を思い起こさせてくれるところにもチェーン店ではない個人経営のコーヒー店みたいな独自のルートで仕入れた味わい深い風味がないこともない。
映画の感想文日記-kuroyurid02
 かつてアイドルグループの中心にいたとは思えない前田敦子のATG映画の女優みたいな、ちょいヌーヴェルヴァーグ風な雰囲気は素晴らしかった。一時期のイザベル・アジャーニにそっくりである。
 演技の勉強はまだそれほどしていないのか、ときどきあれれと思うシーンもあったが、俳優は演技力よりも存在の仕方が優先するので今後にも期待できるし、この路線での有望株だろう。
 自分で選択しているのか誰か周囲のスタッフにブレーンがいるのかは不明ながら、フレッド・アステアやグレース・ケリーの映画を愛好したり、小津安二郎や溝口健二、キム・ギドクから、ハーモニー・コリンなどを好んで見に行くチョイスにはちょっと驚いた。
 そのうちに映画エッセイストになるのかも知れない。または日本版レア・セドゥーあたりを目指しているのだろうか。
 共演の成宮寛貴が床に吸い込まれていくシーンと、炎の中で「助けて!」と叫ぶシーンは優秀なホラー映画にはつきもののお笑いシーンで楽しかった。
 子役の子がぜんぜん怖くないので、それが最大のマイナス要素だったようだ。かわいらしくて悪霊には見えない。
 一番ぞっとするシーンは西田尚美と勝村政信の夫婦が全く同じ会話を三回繰り返してするところで、違和感のある照明から、ホラー好きならすぐにそれが何を意味するか理解する。(ホラー好きでなくても誰でもわかるように演出がわかりやすくていねい過ぎたように思われた。)

クロユリ団地 (角川ホラー文庫)/角川書店
¥500
Amazon.co.jp
クロユリ団地 ‐Comic‐ (怪COMIC)/角川書店
¥630
Amazon.co.jp

Viewing all articles
Browse latest Browse all 159

Trending Articles